077 不明! スキルを習得できない理由
歩いて迷宮を戻り酒場に報告に行ってみると、クエスト完了の表示が宙に浮かぶ。ネオンのように黄色く光る文字は立体的に見えるが、手を伸ばしてみても触ることはできなかった。
まあ、そんなことはどうでもいい。メニューからインベントリを開き、剣技の紙を取り出してみる。
「これ、拾ったんだけど、どうすれば良いの?」
「……」
クエストのNPCに聞いてみるが、沈鬱な表情のまま酒を煽るだけだった。本当にどうするんだよこれ。叫んでも返事がないので、取り敢えず『帰還の水晶』を使ってクランホームに戻る。
そもそもこのスキルシートってどう使えば良いものなのだろう。
その一。インベントリの空き枠に一つだけ紙を入れて画面からタップしてみる。いわゆる従来型ゲームのアイテム使用方法だ。スキル画面から何かできないかと思ってみたが、習得済みスキルの一覧はあるが、未習得で所持しているスキルの一覧のようなものはなかった。
「何故だ! 何故習得できぬ!」
剣っぽいスキル名の書かれた紙だが、ただのメモ紙ということはないだろう。だが、紙に書かれた内容を読み上げてみても何も起きないのだ。これ以上、何をしろと言うのか。
ちなみに、紙の左上にあるメニューアイコンはタップすると『コピー』のみ表示される。同じスキルが複数枚取れたので、今のところはコピーを作っておく必要はない。
「くそっ、くそっ、くそっ、どうしてだーーーーーー!」
「うるせえよ。何叫んでるんだよ」
「おおう! ツバキくんじゃないか。キミはこのスキルを習得できるかね?」
クランホームでやっていれば、ログインしてきたツバキが姿を現す。そして、わたしが絶叫しているところに出くわせば、ドン引きするのも仕方がないことなのかもしれない。
だが、そんなことよりもスキルの習得だ。ツバキにスキルシートを一枚渡してやる。
「ん? 剣技 パワースラッシュ?」
手に取って、ツバキがスキル名を読み上げると、紙が眩い光を放ちパラリロリ〜ンと軽快な効果音が鳴る。
これはツバキはスキルを習得できたということに間違いないだろう。今のエフェクトで呪われたとか言うんだったら怒るぞ。
「おお、パワースラッシュ習得できたぞ」
「なんでだ……、なんでじゃあああーーーーー!」
ツバキに習得できて、わたしにできない理由が分からない。レベルはわたしの方が上のはずだし、レベル不足ということもあるまい。逆に、レベルが高すぎるという可能性もあるが、聞いてみるとツバキの現在レベルは三十二らしい。レベル三十はツバキも超えているし、わたしは三十三だ。三十二という数字は二の五乗だし、切りが良いと言えば良いのだが、それなら普通三十一までだろうと思う。
「ユズは習得できないのか?」
「できてたら叫ばないよ……」
「できなくても部屋の中で叫ばないでくれ。やかましい」
ツバキは中々に冷たい。くそう、こうなったら湖畔で叫んでやる!
ドアを開け夕焼けの湖岸に飛び出て「うおおおおお!」と叫んでいたら、背後からの攻撃でツバキに思い切り吹っ飛ばされた。わたしの体は宙を舞い、水の中に落ちる。
「いきなり何するんじゃい! マジで怒るぞ?」
「すまん、悪い。試しに使ってみたんだけど、勝手に移動したんだ」
「勝手にだと? もうちょっとマシな言い訳したらどうよ。どれ、もう一回やってみなさい」
わたしには習得できなかった上にいきなり背後からどつかれて、わたしの機嫌はとても悪い。こちらも剣を抜いて構える。ツバキは左足を大きく前に踏み出し、右手に握った剣を体のうしろの方で水平に構える。ぐっと腰を落とすと、剣が青く光る。
その構えを崩さず全身を青く光らせてツバキは滑るように、しかし素早く間合いを詰めてくる。そして右の剣で横薙ぎに胴を狙ってくるが、構えからその動きは分かりきっている。こっちもタイミングを合わせて踏み込み、渾身の突きで喉元を狙う。
身体を捻る勢いを利用し、青く光る剣は左手の剣を立てて攻撃を受け止める。が、その力はとても強く防ぎきれはしなかった。勢いと力に押されて大きく態勢を崩してしまったが、その前にわたしの右の切先はツバキの喉をとらえていた。
湖畔では互いにダメージは入らないが、どう見てもわたしの受けたダメージの方が少ないだろう。
「やっぱ、正面からだとそうなるよな。スキル中は他の動きができないし」
「フェイントもないんだもん、どこを狙ってくるのかモロバレすぎ。対人戦じゃ意味ないね」
モンスター相手にどこまで使えるものか分からないが、人を相手には通用しないだろう。わたしたちじゃなくても対処できる人はいるだろうし、使い方を考えないと闘技場では役に立たなさそうだ。
しかし、そんなことよりも、何故わたしにはこれを習得できないのかだ。取り敢えずツバキには他のスキルも習得してみてもらうことにした。
今回、得られたスキルはなんと十種類。あの幽霊を倒さなかった場合に得られるスキルがいくつなのか、あとで確認した方が良いだろう。
スキルシートは一枚二十CPで複製できるらしい。一枚しかない『クイックアタック』は間違って使ってしまう前に複製しておく。他のも一緒に二枚ずつ倉庫にしまっておけばいいだろう。
「三つだけか。残りはどういう条件だ?」
適当に端から試してみたが、ツバキも全部のスキルを習得できたわけではなかった。明示されていないが、何かの条件があることは間違いない。
「残ってるのもう一度試してみて? 習得する順番とかあるかもしれないし」
「なるほど。それなら、スキルレベルを上げないと習得できないとか、あるかもしれないな」
やってみると追加で二つは習得できたが、残り五つは何度再チャレンジしても習得できる様子がない。
「ちーっス」
ツバキと二人でどんな条件が考えられるかを話していると、カカオがログインしてきた。ならば彼にもスキルを習得してみてもらう。もしかしたら、ツバキと何か違いがあるかもしれない。
「こんなにいっぱいどうしたんスか?」
「酒場のクエでゲットしたやつだよ?」
「酒場の剣技取得クエってこんなの出ないっスよ?」
聞いてみると、カカオは『クイックアタック』は既に習得していて、クエスト中に出てきた幽霊に授けられたらしい。奥で酔い潰れているオッサンから受けたというのだから、恐らく、わたしと同じクエストだ。
「授けられたって、どうやって? わたしはこの紙が落ちてきたけど」
「いや、幽霊が出てきたらピカーって光って、スキルを習得しましたってアナウンスあったっスよ」
……状況がまるで違う。わたしはスキル習得条件を満たしていないから、スキルの紙が出てきたということだろうか?
それを複製できてしまうのはバグくさいんだけど、これ、報告しておいた方が良いんだろうか。この紙を複製して売れば、クエストが存在する価値がなくなるだろう。
メールを送ってやると「スキルシートを使えるのはクランメンバーだけだから心配いらない」と返事がきた。それでやって、想定していない悪影響があるようならその時に調整する方向らしい。
ともあれ、やってみるとカカオが習得できたスキルはツバキと全く同じだった。じゃあ、何故わたしには習得できないのかだ。彼ら二人とわたしに何の違いがあるのか。
レベルは大した違いがないし、持っているスキルにもそう大きな差はない。一つ一つ読み上げてもらっても、彼らは盾系スキルをいくつか習得しているくらいだ。
「盾スキルが前提ってこともないと思うんだけどなあ……」
「生産系にも試してもらわないと分からないな。錬金二人組も農家二人組も盾スキルは無いだろ」
「ツバキとカカオは、スキルレベル上げて残りを習得できるかだね」
そんなわけで、三人で訓練所に入ることにした。スキルレベルを上げていくと何が起きるのかもわかっていないのだ。
訓練所で試していると、剣スキルは防がれると熟練度が上がらないらしい。同じスキルを二人に使ってもらったが、全て防御したツバキのスキルはレベルが上がらず、食らってやったカカオは十回でスキルレベルが上がった
「剣は一番安いの使った方が良いなこれ」
「チビデブのダガー取ってこよう。あれが一番攻撃力低いでしょ」
ツバキのメイン武器である『蒼の小剣』の攻撃力は八百八だ。チビデブの武器は攻撃力が二百だったか、せいぜい三百程度のはずだ。それだけ差があれば、スキル攻撃を受けたダメージも大きく変わるだろう。