13話 アイドルになろう!〜ダンスの舞〜

ダンスには固定の課題は無い。

各人、自分の得意な踊りを見せろとのことだ。

そして、ダンスの試験は個室ではなく、大部屋で他の子の前でやるらしい。

まあ、歌の練習や試験で使っていたような三畳間で踊れと言われても、みんな困ってしまうだろう。「えー」という声はあったものの、それ以上の抗議は無かった。

一口にダンスといっても、ジャンルは色々ある。自分とは違う踊りを見て、互いに刺激になればという意図もあるらしい。

実際、他の人の踊りを見ていると、なかなか見ていて面白い。派手に跳ね回る人もいれば、どこかの民族舞踊なのかゆらゆらと揺れ動く人もいる。

私の番は最後だ。

背の順だ、と言っていたが絶対嘘だ。私以外の人は絶対に背の順じゃない。

持ち時間は一人四分、 間に一分挟んで進んでいくが、十八人いれば単純計算で三時間かかる。さらに試験官の休憩もあり、私の試験の順番が来た時には十九時を回っていた。

「では、最後、伊藤芳香さん」

「はい」

名前を呼ばれ、私は木刀を片手に前に出る。

「木刀? 何する気なのあの子?」

「ダンスするんだよ! ダンス!」

ざわめきが広がるが、そんなのは無視だ。

木刀を左下に構え、左足で軽くリズムを刻む。

短く強く息を吐くとともに前に一歩踏み出して右斜め上に切り上げ、そのままの勢いで体を回転させて右後ろ回り蹴り、そして左回し蹴りが続く。

振り抜いた剣は背中側から回して、左上から右下へと振り降ろすと見せかけて一度引いて、突きに移る。

「なにあれ……」

「よく分かんないけど凄くない?」

「いや、確かに凄い迫力あるけど、アイドルのやることなの?」

みんな賛否いろいろと好き勝手に言ってくれる。

そんな中で、手拍子が広がっていった。最初に始めたのは金髪のオジサンだ。私に肩入れするようなことをして良いのだろうか。少し心配になる。

私のは剣舞とは言っても、テンポ良く型をつなげていくだけだ。時折、合間に無意味に回ったりバク転したりといった動きを混ぜれば舞になる。たぶん。

ただし、天井の高さの制限があるので、高く跳ぶ技は出せない。もしやったら、確実に天井に穴が開く。ジャンプ技は得意なだけに残念だ。

二分経ったところで回れ右をしつつ木刀を左手に持ち替えると、型を左右を逆にして同じようにつなげていく。

驚いたような表情をしている人たちもいるが、左右同様に動けるように訓練するのは武術の基本だ。左右で対応力に差があれば、致命的な隙になりかねない。

四分が経ったところで、ビービーとアラームが鳴る。警告ではないのにアラームとはどう言うことなのかと思うが、アラームが鳴ったのだ。

試験官に向き直り、木刀を体の前で水平に持ち、片膝をついて一礼する。

「オマエはどこの武士だよ! なんか無駄に凄えカッコイイけど、木刀振り回すアイドルなんて聞いたことねえよ! だいたい、そもそもだよ、アイドル目指してるんだろ? 可愛らしさを全く感じないってオカシイだろ!」

ロン毛のオジサンが大声でツッコミを入れてくる。今まで我慢していたのだろうか、激しく興奮し、肩で息をしている。

「仕方ないじゃないですか。私だって木刀じゃなくて真剣でやりたいですよ……」

「そういう問題じゃねええええええ!」

私のつぶやきにロン毛オジサンは大興奮で絶叫する。

でも、どう考えても、木刀ではカッコよさは半減だろう。やっぱり、真剣でバッサバッサと斬り倒さないと。

「馬場さん、落ち着いて!」

金髪オジサンがロン毛オジサンをなんとか落ち着かせようと宥める。

「そうですよ。それでこの後はどうなっているんです? 私、お腹すいたんですけど……」

「お前が言うなあああ!」

「ちょっと、君は黙ってて!」

ううむ。怒られてしまった。

さっさと切り替えてほしいのだが、なんか余計に興奮させてしまったようだ。

私としては、早く夕食を済ませて、夜のトレーニングに入りたいのだ。今日は朝のトレーニングもしていないから、その分も夜にやっておきたいのだ。

「ま、まあ、取り敢えずお食事にしましょう。今日は全員泊まりで良いんですよね? 合否は明日の朝、発表しますので」

丸っこいオバサンがとりなして、取り敢えず解散となる。

夕食後はホテルへと案内された。

ホテルとはいっても、スタジオから徒歩二分程度の距離にあるビジネスホテルだ。

私はツインの部屋で、可愛らしい茶髪の子と相部屋らしい。

「わたし、宮永永華、十七歳の高校二年です。よろしくね」

「ご丁寧にどうも。伊藤芳香、十五歳の中学三年です。よろしくお願いします。さっそくなんだけど、このあと私は一、二時間外に出るんですけど、宮永さんはどうします?」

私はスタジオにあるというトレーニングルームを見て、その後は走りに出るつもりだ。

マシントレーニングは興味があるし、お金を手に入れたらやりたいことの一つだが、今、慣れていないことをするものでもない。

やるとしても、せいぜいダンベル体操くらいだろう。

それに、夕食も少なめなのだ。

コンビニかどこかで食料を調達したい。

ということをかいつまんで話すと、とても驚かれた。

「え? あれで足りないの? 結構、量なかった?」

「あれっぽち、千カロリーにもならないんじゃない?」

「千あれば十分だって!」

盛大にツッコミを入れられるが、私は別段、大食いではない。

そうだ! これは体格の差だ! 見たところ、宮永さんは身長が百六十センチにも満たない。それに対して私は百七十を超えている。

それだけ体の大きさが違えば、食べる量も違って当然だろう。うん。そういうことだ。

なんて話をしながら、部屋に荷物を置いてスタジオへと戻っていく。

「さっそく来たね」

金髪オジサンが受付で出迎えてくれた。

「トレーニングルームとやらに興味がある。見せていただけるか?」

真面目に聞いたら、突然金髪オジサンは吹き出した。

「キミ、普段からそんな武士もののふみたいな喋り方するの?」

も、もののふ……?

そんなことを言われたのは初めてだ。

「私は剣士だ。武士じゃない」

「何が違うのよ。それ……」

横で宮永さんが呆れ顔で言う。

私の中では大違いなのだが、一般的には同じような物なのだろうか。不思議である。

案内されたトレーニングルームには、そんなに大仰なマシーンは無かった。

まあ、格闘家やアスリート用でもないわけだし、マッチョを目指すための施設でもないのだからそんなものか。

ランニングマシーンやサイクルマシーンなどが数台並んでいるだけだ。

室内を見回してみると、片隅にダンベル置き場がある。

「ちょ、それ、二十キロのやつだよ」

私が手を伸ばした先にある物をみて、金髪オジサンが驚いたように言うが、そんなことは知っている。私が持っている物と同じなのだ、分からぬはずがない。

「おいおいマジかよ…… 女の腕力じゃねえだろそれ……」

ダンベルを一つ手に取って左手で上げ下げしていると、金髪オジサンがブツブツ言ってくる。

見るなとは言わないけど、黙っててくれないかな。

「お、やっぱりそれは辛いか?」

私の一挙手一投足に一々反応しないでほしい。

本格的なトレーニングの前にストレッチは必須なだけだ。ダンベル持ったままストレッチをするわけがない。

「準備運動をしなくてどうするの? 筋トレで怪我をするなんて莫迦げているとしか言いようが無いんだけど」

ついつい金髪オジサンに対して邪険にしてしまう。だって、ウザいんだもの。

「ダンスの練習とかでも、きちんと準備運動はさせておいた方が良いですよ」

そう言ってから思い出した。

昼に見た他の子たちのダンスで気になっていたことがあるのだ。

「今日見た子たちでも、体固い人多いみたいだし、ストレッチはきちんとさせた方が良いですよ。みてて怪我しそうで危なっかしい子もいましたし」

この金髪オジサンがどんな立場なのかは知らないけれど、面接とかしているのだから管理・監督する側の人だろう。オーディションに来た子たちに指摘や注意くらいしても良いはずだ。

「そうか? フラフラとしてる子はいたけどな」

金髪オジサンは急に真面目な顔をして考え込む。

「緊張して固くなっていただけなのかもしれないですけど、何にせよ怪我してからじゃ遅いですよ」

言いながら足を左右に広げて腰を落としていく。

「おお」とか感嘆の声が聞こえるが、百八十度開脚は昔からできる。というか、この程度は驚くほどのことでもないだろう。

体操とかやっている人ならみんなできると思うのだが、アイドルたちはできないのだろうか。

軽く準備運動が終わったら、ダンベルを手に取ってスクワットをする。

手を前に伸ばして水平を保った状態で膝の曲げ伸ばしだ。

「なんだとお!」

金髪オジサンが一々うるさい。ハッキリ言って迷惑以外の何物でもない。

「邪魔なんであっちいっててくれないですか? 他の子だって来ているんじゃないですか?」

「オマエ、俺に向かってそれ言うか?」

オジサンの不機嫌な声に、宮永さんが慌てたような声を上げた。

「伊藤さん、いくらなんでも失礼だよ! 土井さん副社長なんだよ?」

な、なんだって~~!? この人が、副社長? 今日最大の驚きである。

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