1話 最初の犠牲者

「何しにきた、この人殺し!」

宮……、なんだっけ。宮ナントカくんが教室に入った私を指差して叫んだ。

「一体なんの遊び?」

苦笑するしかない。また、マンガかドラマの影響でも受けたのだろうか。

そして、残念ながら私はそのマンガだかドラマを見ていない。そのセリフに何と返せば良いのか分からなかった。

「はいはい、通してね」

そう言って横を通って席に着くだけだ。

私はたいてい遅刻ギリギリに登校する。もう、チャイムが鳴るはずなのだ。

だけど、宮ナントカくんはチャイムもお構いなしに私のところに来て、机をバンバンと叩く。

「メグミが! メグミが死んだ! お前が殺したんだ!」

突然の言い掛かりである。私は困惑し、「誰それ?」と返すしかできなかった。

「ふざけんなよ! お前が球技大会で殺したんだろうが!」

「え? 球技大会で? 一体何の話? 森下くんじゃなくて? え? 誰……?」

彼の言う球技大会は二日前のことだ。

バレーボールの部で優勝した我が三年五組女子チームは、エキシビジョンマッチとして男子バレー部と対戦し、私はその時に相手、と言うか森下くんを殺すつもりでコートに立った。

思えば、去年の球技大会は、散々だった。

剣術しかやってきていなかった私は、ボールの扱いなど知らない。体育で何かやったような気もするが、ほぼ記憶にない。

その結果、木偶の坊という非常に不名誉な呼び方をされることになってしまった。

投擲と捕捉。そしてダッシュにジャンプ。それらを一年間訓練してきた。もちろん、剣の修練を怠ってはいない。

それに、身長も伸びて、百七十センチを超え、バスケットボールのゴールにジャンプして手が届くようになった。

ダンクシュート、と言うらしい。体育の時間に言われてやってみたところ、クラスメイト達は大喜びで球技大会は勝ったも同然だと言っていたが、私はバスケットボールをするつもりは無かった。

球技大会、いやバレーボールは合法的に人を殺すチャンスだ。一年間の全てを殺意に込めて叩きつける絶好の機会なのだ。これを逃す訳にはいかない。

そう。私は男子バレー部のキャプテン、森下篤が大嫌いだ。

上手く行ったら自分の努力の賜物、失敗したら才能の所為。勉強でもスポーツでも私に勝てない彼は、ことあるごとに「才能の違い」とヘラヘラ言っていた。

一体自分がどれだけ努力したと言うのか。私がどれだけ努力したと思っているのか。

その上、私をゴリラ女呼ばわりするサイテーな男だ。

その日もそうだ。

ヘラヘラと「サーブもコートも選択権はそっちで良い」とか言い出したのだ。

敗けたときの言い訳を最初に作っておく莫迦な奴である。

「ただの敗北で済むと思うな」

私の宣言通り、全身全霊全力を込めて放ったスパイクは、彼の両腕をへし折り一撃でコートから追い出した。

だけど、残念ながらそれは命を落とすほどの怪我にはならなかった。

バレーボール選手として、再起不能のダメージなのかも分からない。

もっとも、別の理由で再起不能とのことだ。女子の一撃に正面からぶつかって敗けたのでは、男の沽券に係わる、らしい。

周りの男子がそう言っていた。

けれど。

メグミって誰?

全く心当たりが無い。

「宮島、渡辺、騒いでないで席に着け」

担任の吉田先生のチョップが二人の脳天に落ちた。

渡辺くんは隣の席の男子で「やっぱり殺すつもりだったのかよ!」とか騒いでいた人だ。

そして、吉田先生は暴力教師だ。ことあるごとに生徒にチョップをするこの人は、いつか新聞を賑わせるんじゃないかと思っている。

「悪いニュースだ」

教壇に立った吉田先生は、暗い顔でそう切り出した。

「2年1組の佐々木さんが亡くなった」

沈鬱な表情で言い、しばしの沈黙。

「伊藤。放課後、謝りに行くぞ」

「は? にゃ、なんで私ですか?」

唐突に名を呼ばれ、変な声を出してしまった。

「お前が殺したんだろう!」

宮……、えっと、そうだ。宮島くんがまた騒ぎだした。

「だから、私、人なんて殺していないですよ。言い掛かりは止めて」

「お前のアタックが当たって死んだんだ。無関係じゃないだろう?」

「は? 何の話してるんですか?」

先生まで何を言っているの? 全く意味が分からない。

「球技大会で、お前のスパイクが当たったの、一人や二人じゃないだろう!」

「え? 森下くんだけでしょ? 言い掛かりとかマジ止めて」

「何人も当たって怪我してるだろ!」

「森下くん以外、当たってないって! 私のスパイクは全部直接床に落としてポイントゲットしてるんですけど」

「してたら何だ! お前のせいじゃないって言うのか!」

「そうだよ。当たり前でしょう?」

先生も宮島くんも何かポカンとしている。

「あのさ、私に何の落ち度があったって言うのか説明してくれる?」

「お前の打ったボールが当たったんじゃないか!」

「当たってないよ? 私の打ったボールが当たったのは床だよ?」

「その後当たってるだろ!」

「だから何? 床に当たった時点で、私の打ったボールじゃないの。その後に当たったのは、私の所為じゃない。そう決まっているの。勝手に捻じ曲げないで」

「じゃあ、誰が悪いって言うんだ!」

「ケガした本人でしょ?」

「スパイク打ったのは伊藤だろ!」

「だから、それで何で私が悪いの? バレーボールでスパイクを打って、一体何が悪いの? 人を狙ったわけでもないのに。それがダメっていうなら、バレーボールをやらせた学校が悪いってことだけど?」

「悪い、悪くないの話じゃないだろう! お前の打ったボールが当たって死んだんだから謝るのは当然だろう!」

学校が悪いと言われて、先生が顔を真っ赤にして怒鳴り出した。

ああ、この人はダメな人なんだ。

「悪くないのに何で謝るの? 言っている意味が全く分からない。一万歩くらい譲って、怪我をしたのは私のせいでも、何で死んだのも私のせいなの? 救急車とか学校に来た記憶ないんだけどさ。何ですぐに病院に連れて行かなかったの? 養護教諭をはじめ、先生方は何をしていたの? 怪我をした人を放置した責任を取るべきじゃないの? なんで生徒のせいにするのかな?」

私はカチンときた。どころじゃない。

「きゅ、救急車を呼ぶほどじゃないと思ったんだ」

「だから、勝手にそう思った責任を取りなさいって言っているの。思わなかったから問題ない? 違う違う、全然違う。思わないこと自体が大問題なの」

先生は凄い目をして睨んでくるけど、殴りかかってきたら殴り返すよ。

私もそういうつもりで睨み返す。

「森下くんも」

あまり言いたくないけど、彼のことも出さないわけにはいかないだろう。

「森下くんも、救急車を呼んでおかしくない程度の怪我はしていたと思うんですけど」

死ななかったにしても、タダで済んでもらっては困る。

だって、私は殺そうと思って、彼を狙って打ったんだから。

「球技大会で事故があったことを隠したかったから、救急車を呼ばなかった。そうなんじゃありませんか? それで死人が出たから生徒に押し付けるんですか?」

「そうじゃなくて! アタックしたのは伊藤だろ? それが相手に当たって怪我をしたんだから、謝りに行くのは当たり前だろう!」

「だから、当たっていません。私のスパイクは、床に、当たったんです」

「その後に当たったのは」

「私とは一切全く無関係です。それがスポーツのルールですよ。バスケでもサッカーでもテニスでもそう。ボールが直前に触れたのは床ですから、床の責任です。床に不備が無ければ、責任の所在者なし、怪我した本人の単独事故です。私が謝る筋合いもありません」

「そんな話、聞いたことも無いぞ!」

「自分の不勉強を自慢げに言わないでください。あなたが無知なのは、私の責任ではありません」

相手が教師だろうが誰だろうが、言うべきことはきっちり言わなければならない。

するべき主張をしないことは悪だ。

私はその信念を変えるつもりは無い。

「口答えをするなァァ!」

「お断りします」

そろそろ、言葉が尽きてきたようだし、暴力に出る頃合いだろうか。

「拳で語りますか? 言っておきますけど、私、強いですよ?」

握った拳を振り上げようとしたところで釘を刺す。

「クソッ! 覚えてろ!」

まるっきり悪役みたいな言葉を吐き捨てて、吉田先生は教室を出て行ってしまった。

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