第3話 テレビに出るべや

やっと観光客の一人に買ってもらい、とうきびを芯ごと丸かじりする。

だが、飢えたヒグマには少なすぎるようだ。

「腹減ったべや!」と繰り返していた。

普通の人ならば、一本も食べれば結構お腹が膨れるのだが……

二時間ほど、食べ物を寄越せと叫んでいたが、いい加減飽きたのかウロウロと歩き出した。

と思ったら、道行く人に絡みだした。

「トイレはどこだべや! ●んこしたいべや!」

しかし、誰も成体のヒグマが入れるようなトイレなど知らない。

「○山動物園に行けば良いんじゃないですか?」

多くの人が逃げて行く中、子連れのオバさんが若干引き気味に言ったのを真に受けて、道熊能は西に向かい大通公園を走っていく。

「なまらヤバイべや! もれるべや!」

下品な言葉を吐きながら車道へ出て猛然と走るヒグマ。

ようやく○山に辿り着いたが、もはや我慢の限界のようだ。動物園には目もくれずに山の茂みに向かって突進していく。

辺りに人がいないことを確認し、身を屈めて用を足す。

「くそが~でたぁ~、くさい~くそ~~」

道熊能が訳の分からない歌を歌いながら茂みから顔を出した。

っていうか、歌の内容が幼稚すぎる。まるで幼稚園児レベルなのだが。四十過ぎのオッさんが歌う歌じゃないだろう。

「くそく~さい~~、くさいく~さい~~」

サビの部分に入り、高らかに歌う道熊能。前足で地面を叩き、リズムに乗って阿呆な歌を歌い続ける。

「オナラ~ぷぷ~、ぶぶぶ~ぶぶ~~」

二番に入ったようだ。いい加減しつこいんだが。

誰かこのバカを止めて下さい。クマに品格を求めても仕方が無いが、幾らなんでも下品すぎる。

肉体がクマになって、精神年齢がおかしくなっているのかとも思ったが、それにしてはこの歌を歌い慣れ過ぎている。

恐らく田村は、人間だったころから普通に排便後にこの歌を歌っていたのだろう。

道熊能は歌いながら街中へと向かって歩いていく。

「なまら腹減ったべや。とうきび食べたいべや。」

大通公園に着くと、道熊能はまた食べ物を乞い始める。

しかし、芸もしないクマに近寄る者はない。

ようやくそのことに気付いたのか、道熊能は後ろ足で立ち上がり、踊り始めた。

何故か、盆踊りだ。恐らく、他の踊りを知らないのだろう。

三十分ほど一人、いや、一頭で踊っていたら、写真や動画を撮る者が出てきた。

「私は道熊能。とうきびを下さい。とうきびを下さい! オニギリでも構いません。」

集まってきた人たちに踊りながら乞い始める。

しかし、誰もエサを与える者はなかった。うむ。野生のヒグマにエサを与えてはいけません。これは常識です。

「まじでさ、何で誰も何もくれないの?」

道熊能は文句を言いながら転げ回る。

って、それ、危ないから。子供潰しちゃうよ。

と思っていたら、子供連れが逃げて行った。

いい加減、このグダグダがどうにかならないかと思っていたら、地元テレビ局がやってきた。

喚き暴れるヒグマに対して、アナウンサーが意を決して何インタビューを敢行する。

「あの、大通公園に喋れるクマさんがいると聞いてきたんですけど、あなたがそうですか?」

道熊能は動きを止め、辺りを見回し、カメラを見つけると睨みつけ、唸り声を上げる。

ハッキリ言って怖い。アナウンサーもブルッてる。

「ク、クマさんはここで何をしているんですか?」

「とうきび食べたいべや! でもお金が無いべや。買って欲しいべや!」

「とうきびですか? とうきびがお好きなんですか? 茹でたのと焼いたのとのどちらが良いですか?」

「どっちでも良いです。食べられれば何でも良いです。超お腹空いて困ってるんです。」

スタッフがとうきびを買いに行く間もアナウンサーは果敢に質問をする。

「凄い毛皮ですね。まるで本物みたい。どうやって作ったんです?」

「作り物じゃないべ。本物だべや。」

「どちらにお住まいなんですか?」

「野宿だよ! 帰る家なんて無いよ! この手じゃドア開けらんねえよ! ……だべや。泣けてくるべや。」

道熊能から本音が漏れている。

スタッフが買ってきた茹でとうきびを差し出すと、道熊能は遠慮なくかぶり付く。

そして、あっという間に芯ごと食べてしまった。

「豪快ですね。って、え? 本当に食べた? これ、どうなってるんですか?」

「俺は生身だべや!」

「え? 本物のクマさんなんですか?」

「吾輩は熊ではないベア。名前は道熊能だベア。クマと体が入れ替わっちゃったベア。助けて欲しいベア。っていうかマジで困ってるんすよ。家には入れないし、お金は無いし、ご飯も食べられないし。」

「いやいやいや。それどんな芸風ですか。」

アナウンサーも引き気味だ。

「戻れなくて本当に困ってるんだって! 信じてくれよ! っていうか、とうきび一本じゃ全然足りないよ。もっと欲しいべや!」

「いや、それはちょっと……」

「なんでだべや! 恵んでくれたって良いべや! 早くするべや! 出さないとお前ら食い殺してやるべや!」

「あ、えー、以上、大通公園に現れたクマさんでした。」

カメラを切り替えられたようだ。

あまり面白くなかった様で、テレビ局のスタッフ一同は道熊能を置いて引き揚げて行った。というか、逃げて行った。

道熊能にはトークりょくが足りない。田村の身の上話になんて誰も興味が無いのだから、ちゃんと芸を確立させなければだめだろう。

「腹減った」と「お金無い」だけでは間が持たないに決まっている。

そして、決め台詞の「食い殺してやるべや」の出し方が最悪だ。あれでは本当に脅しているだけだろう。

ちゃんと話すネタを考えねば、テレビで取り上げられることも無いだろう。

今日、他の局が来るまでに面白いネタを考えつくかが道熊能の今後を左右するだろう。

そして、この小説の未来を左右するだろう。

感想・コメント

    感想・コメント投稿