第7話 水島ァァァァ!

五月二十三日

人間に戻って三日が過ぎ、田村は精神病院を退院していた。

意識がハッキリし、受け答えも明瞭で暴れるようなことも無ければ、原因が分からなくでも医師としては「寛解した」と判断するしか無いのだろう。

退院した田村は普通に出社して、上司に酷く怒られていた。

警察から入院したことは聞いていたものの、形式上は三日の無断欠勤だ。

急病で入院して意識不明状態が続いていた、と言うことになるので田村本人としてもどうすることもできなかったのだが、それは会社側には関係が無い。

会社の理屈は「休むならちゃんと連絡しろ」である。其処に例外は無い。

「申し訳ありませんでした。」

田村は取り敢えず上司や同僚に謝り倒す。

残念なことに、彼はもう完全に通常の人間の生活に戻っている。

一方、木村(クマの体の方)は、動物園の檻の中をぐるぐると回っている。

目覚めた当初は「俺は人間だ!ここから出せ!」などと騒いでいたが、水島が「あのクマは檻を壊して木村さんを殺そうとした凶暴なヤツだ」と言い張ったおかげで、厳重な監視がついた上で檻に閉じ込められているのだ。

水島が「あのクマは妄想癖があるようで、木村さんを殺して成り代わろうとしていたんだ」と主張したおかげで、いくら「俺は木村だ」と言い張っても全く聞き入れられなかったのだ。

何気に水島は、酷い奴である。

普通に考えれば、人間とクマの言葉のどちらが信用されるかと言えば、人間に決まっている。

いや、普通はクマは喋らないので、誰も考えないか。

とにかく、動物園の関係者一同、クマの言葉など誰も聞く耳を持っていなかった。

確かに破壊された鉄格子にはクマの爪の跡などが残っているし、クマが破壊したという水島の言葉には疑う余地が無い。

結果、今の状況だ。

ハッキリ言って、もう、ほとんど詰みだ。これ以上、どうにもならないだろう。

木村には火事場のクマぢからも、十倍ベアリックパワーも無い。恐らく、あの怪力スキルはこのヒグマが持っていたのだろう。私が剥奪して以降、木村に入れ替わってもその力は復活したりしていない。

たた、一つ気になることがある。

「木村さん、あんたのベアーパワーは五十万。その程度じゃこの檻は壊せないですよ。」

確かにそう言っていた。間違いなく、そう言ったのだ。水島が。

あれは一体何者なのだ?

奴は、クマと木村の精神が入れ替わったことをハッキリ認識している。

それに、ベアーパワーとは何だ?怪力スキルについても何か知っているのだろうか。

もう少し、静観してみる必要がありそうだ。もしかしたら、話が進むかも知れない。

五月二十六日

人間に戻った田村が○山動物園に現れた。

犯人は犯行現場に戻ってくると言うが、田村はどのような心境でやってきたのだろうか。

他の動物には目もくれず、真っ直ぐクマの檻を目指す田村。

「おい、木村!」

クマの檻の前で田村が呼ぶが、檻の中のクマは特に何の反応もしない。

実は、木村はまだ建物の奥にある檻の中で、人前にはまだ出されていないのだ。

「すみません、飼育員さん。」

田村は、館内から出てきた飼育員に声を掛ける。

「何日か前、クマが外から動物園に入ってきましたよね。あれ、どうなったんです?」

「ああ、あの子はいろいろと精神的に不安定だからね、まだまだ奥で様子見だよ。クマってのもストレスに弱くてね、お客さんが出入りするところに出すと、また暴れちゃったりするかも知れないからさ。もうちょっと慣れてもらわなきゃ。」

この飼育員には、木村は完全に普通のクマとして扱われているようだ。

「あれって野生のクマだったんでしょう?山に返すとかはしないんですか?」

「野生ねえ。どうにもあの子は野生に見えないんだよね。自分は人間だって言い張ってるし。」

言葉を喋る時点でおかしいと思えよ。どいつもこいつも、何故其処に誰も突っ込まないんだ?

「え?でも、大通公園で騒いでりしてたヤツでしょう?確か、道熊能とか名乗って。ネットでも動画に投稿されてるのがありますよね。」

「あ、そうなんですか?私はあまりネットとかしなくて。すみません、私、ちょっと向こうで仕事がありまして……」

「ああ、こちらこそ済みません。忙しいところ失礼しました。」

近藤隆と書かれたネームプレート付けた飼育員は、田村に一礼して去っていった。

「くっそ、木村の野郎。嗤ってやろうと思ってたのに引きこもりかよ。」

吐き捨てるように呟く田村もなかなかに性格が悪い。そんな事のために動物園に来たのか。

六月三日日曜日

事態がようやく動いた。

今日から、木村が客の前に出されている。

そして、それを狙ってテレビまで来ている。

道熊能にインタビューを試みたあの局だ。

「はい、今日から○山動物園では、新入りのクマさんがお客さんの前に出てきました。このクマさん、なんと、以前に大通公園でトウキビをおねだりしていたのです。」

アナウンサーのお姉ちゃんが木村を紹介する。

確かにその時のクマなんだけど、中身違うんだよね。

「クマさ~ん、どうして動物園に来たんですか?」

アナウンサーがマイクをクマに向ける。

「知らねえよ!ハメられたんだよ!頼むよ、ここから出してくれ。俺はクマじゃねえ。人間なんだべさ。」

泣きわめく木村。往生際の悪い奴だ。

「ああ、済みませんね。コイツ、芸風が変なんですよ。ちょっと見ててください。」

水島が担当飼育員として芸風の一言で片づける。それ、絶対にフォローじゃないよね。

「お前はクマだろう?」

水島が木村に向かってニヤニヤしながら言う。

「テメエ!水島!俺はクマじゃねえって言ってるべや!」

「どう見てもクマだべ?」

「クマじゃねえよ!」

「いやいや、クマだべさ。」

「ハメられたんだって言ってるべや!」

「いや、何をどうしたって、お前さんはクマだよ。」

「違うっつってんだろ!俺はクマじゃねえ!」

「いい加減認めろよ。お前は人間だろ?」

「俺は人間じゃねえよ!しつこいんだよ!」

笑いだすテレビスタッフ。

自分で人間じゃねえ言っちゃった。

この水島は木村に怨みでもあったのだろうか。木村に対する扱いが酷い。木村と田村の精神が入れ替わったことに気付いていながら、木村を擁護するようなことは一切していない。むしろ、その逆だ。木村が元の身体に戻れるよう協力するつもりが全く無いどころか、戻れないように手を尽くしている。

「くそ、此処から出してくれ。頼むよ。」

木村が項垂れ頼み込む。

「自分で出てこれば?五百万ベアーパワー出せば良いんだよ。ほら、やってみ?この前はやったじゃん。」

その力はもう無いことを知っていて、ぬけぬけとよく言うものだ。

「道熊能さん、何か芸をやってみてください!」

アナウンサーも木村に呼びかける。二台のカメラが木村に向けられるが、木村は項垂れてブツブツ言うばかりだ。

「何か今日はご機嫌ナナメみたいですね。」

それ、絶対、水島のせいだよ。

アナウンサーは笑顔で言って、レポートを打ち切る方向に持っていく。

田村なら、スベっても頑張っただろうに。残念な奴だ。

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