026 旅路

ハネシテゼと違って、私は別に爵位を受けるわけじゃない。

賞を授かるだけなのだが、その理由も無理矢理だ。王族としても、デォフナハ男爵としても、そして父たち公爵としても、ハネシテゼ一人が壇上に立つのは避けたいということで、私も連れてこられてしまった。

白狐に近づいた件と、第三王子に魔物の術を教えたことは、ハネシテゼの言葉の裏付けに加え、他の者でも実践が可能と証明したことになる。

本来なら減点されるはずの白狐の際の命令無視がプラスの評価対象になると言われたら私も引き下がれない。

本当に大人はズルい。

この場に、他の子どもたちがいないことだけが救いだ。どれだけ僻みの目で見られるか分かったものではない。

陛下の前に跪き、賞の内容が書かれた羊皮紙を受け取れば、それでやるべきことは終わりだ。

「若輩者に過分な評価、恐悦にございます。」

「よくやった。感謝する。」

国王の言葉は想定外だ。どう返して良いのか分からず、取り敢えず頭を下げる。

そして、周囲の様子を伺いつつ、横へと下がる。

これで大丈夫だったのか不安だが、周囲の従者たちの表情からは何も読み取れない。少なくとも大失敗はしていないのだろう。

その後、宰相の司会で私たちは退場する。壇から降りれば、一気に汗が吹き出してくる。

「お兄様、問題なかったでしょうか?」

「ああ、あれくらいで良い。ただ、式典での作法は早めに覚えた方が良さそうだね。」

一つ一つ、確認しながら動いているのが傍目からでも分かるくらいだったらしい。本来ならば、成人までに覚えれば良いことのはずだが、二回目、三回目があると思ってもっと自然に動けるように練習しておくようにと言われてしまった。

また来年も壇に上がることになったりするのだろうか?

是非とも遠慮したい。

王都でやることが全て終わり、私たちは領へと帰る。

我がエーギノミーア領は北東に位置している。王都から領都まで五日ほどの工程で、後半は船で河を下る。

今回は故あって、ハネシテゼたちデォフナハ男爵一家と同中を共にする。目的はいくつかある。

ハネシテゼの狩りの仕方を見せてもらうのが第一で、魔力の振り撒き方を道中で実演してもらうのが第二。そして、私とフィエルが魔物を見分けられるかの最終確認をする必要がある。

王都を出てから二日は陸路を馬車で移動する。

「止めてください」

突然、ハネシテゼが御者に声をかけて馬車の列は停止する。

「どうしたのです?」

「魔物です。結構、数がいますね。季節から考えると腹を空かせていると思いますので注意してください。」

そう言っている間に、前方の騎士たちが動き出す気配がしてくる。彼らも魔物を発見したのだろうか。

「行きますよ、ティアリッテ様、フィエルナズサ様。」

そう言って馬車を飛び降りると、ハネシテゼは泥濘んだ道をものともせずに走っていく。

私とフィエルも慌てて走って追いかけるが全く追いつけるように思えない。

「ティアリッテ様、あちらに魔力を撃ってみてください。誘き出すだけなので、それほど強くなくて構いません。」

右手に魔力を集中し、ハネシテゼの指す方向へと飛ばしてみる。赤く輝く魔力の玉は、所々に雪が残る野原の上を過ぎていく。

どこに、どれくらいの魔物がいるのだろうと固唾を飲んで魔力の玉の行方を見守っていると、巨大な虫のようなモノがいくつも這い出てきた。

さらに、野原の奥の方からも灰と黒の斑の獣がいくつもやってくる。

虫は私たちに向かってくるものもあれば、魔力の玉へと向かうものもある。斑の獣は虫を食い殺しながら魔力の玉の方へと集まっていく。

「黒岩鼬だ! 多いぞ!」

「ティアリッテ様、フィエルナズサ様、危険ですのでお下がりください。」

「心配いりません。あの程度は自分で倒せるようにならないと、今後のお役目は果たせませんよ。」

そう言いながら、ハネシテゼは手前の虫たちに向かって杖を振り、魔力の玉をいくつも打ち放つ。ハネシテゼの魔力球は、私のと比べると少し白みがかかっている。フィエルは黄色っぽい色をしているし、人によって色は異なるようだ。

軽く放ったようにしか見えない魔力の玉だが、その効果は覿面てきめんだ。玉が直撃した虫から広がるようにバタバタと倒れていく。

そして、もう一度ハネシテゼが杖を振ると、炎の嵐が虫たちを包み込み、奥から駆けてきた黒岩鼬が次々に炎に巻かれていく。

悲鳴を上げながらも炎の嵐の中を走り抜け、こちら側へと四匹が飛び出してくる。が、ハネシテゼはさらに杖をもう一振りするだけだ。強烈な爆風が獣を吹き散らし、再び炎の中へと放り込む。

そして、悲鳴が消えると、炎もまた消えた。残るのは、虫と獣の焼け焦げた死体だけだ。

「敵の数が多くて、尚且つ密集している場合は、このようにすると楽に退治できます。」

「ハネシテゼ様、まだ生きている魔物がいるようですが。」

「何匹ですか?」

これはハネシテゼの課す試験だったのか! 不合格になるわけにはいかない。よく目を凝らして指差し確認していく。

「鼬が五匹です。」

「僕も五匹だと思います。虫は生きているように見えません。」

「二人とも正解ですね。では、左端から水の玉で止めを刺していきましょう。」

ハネシテゼの指示で私とフィエルは水の玉の魔法を放つ。

狙った敵は同じだったようで、二つの玉は重なるように魔物に直撃してその身体を押し潰す。

残る四匹にも同じように止めを刺せば、それで魔物退治は完了だ。

父と母の馬車で報告してから自分の馬車へと戻る。

「どうして、ハネシテゼ様は魔物が近くにいると分かったのですか?」

「魔物が動きまわっていれば、その魔力を感じることができます。こればかりは、教えることができません。魔力を振り撒き、何度も魔物退治を繰り返して経験的に感じ取って覚えておくしかありません。」

魔物退治の際に一生懸命に敵を探していたら、少しずつその気配を感じることができるようになったという。

私の課題は盛り沢山だ。一年で全てこなすことができるだろうか?

不安をポツリと口にすると、「競い合う人がいる方が伸びるものですよ」とハネシテゼは笑う。フィエルの方をチラリと見るが、目が合った瞬間にフィエルはそっぽを向いてしまう。未だに、私だけが賞を受けたことで拗ねているのだ。まったく、困った弟である。

その後も何度か魔物を退治して進み、三日目の朝からは船に乗って河を行く。馬車をも乗せられる大きな船だが、雪解けの季節は河の嵩が増し、流れも早い。船は思っていた以上に揺れる。

終わることのない揺れに気分が悪くなるが、泣き言を言っても揺れは治まることもなく、船が止まることもない。

夕方、おかに上がったときの安心感といったらない。大地の有り難みは、畑の実りだけではないことがよく分かる。

船は夜は動かせないということで、町の宿で休むことになる。父と母は町の主の館に泊まるが、私やフィエルはハネシテゼたちと一緒に宿に入る。

町の主が子爵ということで、男爵は挨拶に行きはしても宿泊はするものではないらしい。

さらに一日半船に揺られると、私はぐったりとしていた。父や母は「そのうち慣れる」というが、そんなに何度もあれに乗らなければならないのだろうか。

「そんなところで何をしているのですか? 早く馬車にお乗りなさい。」

船から降りて、大地を踏み締めてその磐石な安定感に感動していると、母に急かされてしまった。

「あとどれくらいで着くのですか?」

「心配せずとも、夕方には着きます。」

そう言っていたとおりに、陽が傾いてきた頃に町へと着いた。兄や姉たちは「やっと帰ってきた」と顔を綻ばせるが、街に出たことのない私とフィエルにはその実感がない。

門を抜けて町に入り、綺麗に敷き詰められた石畳の道の先にエーギノミーアの城、つまり私の家がある。

感想・コメント

    感想・コメント投稿