022 恐るべき術
「なかなか強引だな。」
なんとか魔法を発動するところまでは持って行けたのだが、苦言を呈されてしまった。
「申し訳ありません、私もこのように教えるのは初めてでございますので……」
「まあ、その歳ならば教えられる側か。教えることができている時点で褒めるべきだったか。」
それ以上の言葉はなく、王子は手に魔力を集中していく。
「ダメ。」
「あ、違う。」
ハネシテゼと私が声を出したのはほぼ同時だった。魔力の流し方が違う。それでは魔法は上手く使えない。
「何故分かる?」
「魔力を見れば違いは分かるはずなのですが……」
「どうしたらできるようになる?」
「先ほどの……」
結局、ここに戻ってきてしまった。ハネシテゼと魔物は切って離すことはできないのだろうか?
どうしたものかと王子と父と男爵で話し合った結果、『魔獣の術』を教えることになった。父は大変に忌々しげな表情が抜けないままだが、デォフナハ男爵の方は平然としたものだ。
ハネシテゼと私が魔力の扱い方について王子に色々説明している間も、少し離れたところで二人で話していた。
「其方のところだって、黄豹で何人も死者を出しておろう。何故そう易々と受け入れられるのだ。」
「私も二、三年前は苦悩したものですよ。ですがもう、過去に囚われ、憎しみを受け継ぐのはやめました。」
表情も変えずに話している男爵だが、憎っくき獣と娘が仲良くしているのを初めて見たときは、魂が抜け落ちてしまうのではないかというくらいに愕然としたらしい。
「年始のパーティーの騒ぎは良い機会です。いきなり全てを変えていくのは無理でしょうが、少しずつ、受け入れやすいことから始めていっては如何でしょうか。」
「今まで、収穫の改善方法について何度聞いても黙秘を貫いてきてよく言うわ。」
「おや、ではエーギノミーア公は娘の話を全面的に信じたのですか? ハネシテゼは教えたといっていましたが。」
「私が報告を受けたのはティアリッテからだ。情報が正確に伝わっているか分からぬ。」
「それは酷いですわ、お父様!」
突如、私のせいにされ、思わず抗議の声を上げてしまった。王子殿下が目の前にいると言うのに、これは失敗だ。
「そういう時は黙っておいて、後でこっそりと埋め合わせを要求するのだよ。」
王子から思わぬ言葉を掛けられて、ぽかんとしてしまう。えっと、えっと……
「それは思いつきませんでした。助言、大変ありがとうございます。」
「殿下、娘に変なことを教えんでいただけるか?」
私が何とか礼を述べるも、父は苦笑しながら抗議を口にする。それで雰囲気が明るくなるのは良いのだが、何か釈然としない。やはり王子の言うように後で何かおねだりしよう。
ハネシテゼがあれやこれやと指導して、一時間も経たずに王子は炎雷の魔法を撃てるようになった。
「さすが王子殿下、覚えが早いですね。」
「コツを掴んでしまえば意外と簡単なものなのだな。」
第三王子の放つ炎雷の魔法はかなりの威力だ。成人した王族なのだから当然なのだろうが、魔力の強さも制御も、私よりずっと上だ。だが、不思議なのは、ハネシテゼが王子となんら変わらない魔法を放っているということだ。
「ハネシテゼ。一度、全力を見せてもらえないか?」
王子も同じ疑問を抱いたようだ。そして、父もハネシテゼの力が一体どれほどなのか見てみたいと思っているようで、興味深そうに片目を見開く。
だが、ハネシテゼは静かに首を横に振る。
「今、ここでという話なら無理でございます。杖も持ってきておりませんし、ここでは狭すぎます。」
この魔道士用の訓練場はそんなに狭くなどない。私が全身全霊全力で魔法を放っても、周囲には王宮や城壁には何ら損害を与えることはないだろう。
「ここが狭いというのは大袈裟ではないか?」
「では、被害を出さないよう、抑えてみます。」
「ハネシテゼ、やり過ぎるのではありませんよ。王子殿下、危険ですのでこちらへ。」
ハネシテゼは訓練場の奥の的に向き直り、デォフナハ男爵はそそくさと離れていく。
母親が逃げていくくらいなのだから、かなり危険なのだろう。私も戸惑っている父の手を引っ張り、ハネシテゼから距離を取る。
そして、当のハネシテゼは、右拳を高く突き上げた状態で魔力を集中している。チラッと見ただけで分かるとんでもない魔力量だ。
握られた手が開かれると、その上に輝く魔力球が現れる。
その次の瞬間、想像を絶する光景が眼前に広がった。
魔力球が的へと飛び、今までの数十倍はあろうかという、とんでもない大きさの炎雷と化す。
的に当たった魔法は周囲に雷光を撒き散らし、炎は天を焦がさんとばかりに遥か高くまで燃え上がる。
「やり過ぎです。まったく、あの子は……」
眉間に皺を寄せて溜息を吐くが、何故、このデォフナハ男爵はこんなに落ち着いていられるのだろう?
私の父であるエーギノミーア公爵は、目と口をこれでもかと大きく広げて固まっているのに……。王子も、尻もちをついた状態でどこまでも高く昇っていく炎雷を見上げている。
これは、もしかしなくても大問題になるのではないだろうか?
そう思っていたら、あちこちから慌ただしく人がやってきた。
「何があった!」
「一体何ごとだ! 大規模な演習など聞いておらぬぞ!」
いかなる立場の人か知らないが、大声で叫びながら何人もの魔道士や近衛たちが駆け込んでくる。
「王子殿下、ご説明をお願いできますか?」
デォフナハ男爵の胆力が信じられない。これで男爵とは一体どういうことなのだろう? いや、ハネシテゼもそうだ。物怖じしないのがデォフナハ家の特徴なのだろうか?
そんなことを考えている場合でもない。父がまだ固まったままだ。
「お父様、しっかりしてくださいませ! あの方たちが説明を求めております!」
当のハネシテゼは、どこかに被害が出てしまっていないか確認しているのだろうか、きょろきょろと周囲を見回しながらこちらに歩いてくる。
「今のは其方らの仕業か!」
近衛の一団がこちらを見つけて駆け寄ってくる。
だが、ようやく立ち直った王子が服の埃を払いながら起き上がる。
「で、殿下⁉」
「ああ、済まぬ。魔法の練習をしていてな。少々強く放ちすぎたようだ。」
「あれで少々でございますか?」
「いや、あれでもまだ本気ではない……」
近衛や駆け寄ってきた魔道士たちは王子の魔法かと勘違いしているようだが、ここで私が訂正する必要はない。
それでお咎めがなくなるなら勘違いしたままでいてくれた方が良い。
突然の巨大な魔法に驚きはしたものの、王子が説明したことと特段の被害は無いということで、駆けつけてきた者たちも引き上げて行った。
「まったく、だからやり過ぎるなと言ったではありませんか。もう少し、慎みを持ってください。」
「ごめんなさい……」
「あなたのごめんなさいは聞き飽きました。」
デォフナハ男爵は説教をするが、ハネシテゼが大胆で豪快なのは、親譲りなんじゃないかと思う。
「デォフナハよ、説教はあとにしてくれ。殿下、魔法の演習はまだ必要でございますか?」
「いや、もう十分だろう。少し疲れた。」
そう言いながら王子は何故か私を睨む。やらかしたのはハネシテゼではありませんか。何故私が睨まれるのでしょうか?
抗議をしたいが、さすがにできない。頬を膨らませていると、父が「引き揚げるぞ」と私の腕をとる。
訓練場を出たところで、王子に「もう帰って良い」と言われ、私たちは解散となった。
だが、父の手は私の腕から離れない。仕事に戻らなくて良いのだろうか?
「ティアリッテ。其方とはよく話しておく必要がある。そちらもそうだろう、デォフナハよ。」
私は、そんなに酷い失敗はしていないと思うのだけれど、なんだか、とても嫌な予感がする……