021 私は悪くありませんっ!
「ティアリッテ! 王子殿下に一体何を話した!」
部屋に入り、王子に挨拶を済ませるなり、雷が落ちてきた。
「私はなにも……」
「何もなくて、こんな呼び出しがあるか!」
「落ち着いてくれ、エーギノミーア公。呼び出しの話は実は嘘だ。本題はデォフナハ男爵が来てからする。掛けて待っていてくれ。」
「は? 嘘ですと?」
苦笑する第三王子に宥められ、父は困惑の表情で私の隣の椅子に腰を下ろす。
「一体何の話だ?」
「人払いせずに話せる内容ではございません。」
そう答えても、父は眼光鋭く睨んでくる。私は何も悪いことなどしていないのに……
「エーギノミーア公、ティアリッテの言葉で助けられたのだ。そう責めるな。」
「助けた? ティアリッテが?」
そう言われても、状況が全く分からない父は目を白黒させるだけだ。だが、細かい説明は今はできないのだからどうしようもない。
そんなことをしている間に、デォフナハ男爵もやってきた。こちらは怒っているというより、呆れた表情である。
「申し訳ございません、殿下。この娘は魔物についてかなり一般とは異なる見識をもっておりまして……」
「いや、いい。実のところ、その話は今は重要ではない。」
「と言いますと?」
「話は長くなる。まず、座ってくれ。」
デォフナハ男爵が席に着くと、改めて全員にお茶が出される。そして、王子の合図で側近や側仕え、近衛たちは部屋を出て行った。
「人払いまですることなのですか?」
「そうしなければティアリッテは話してくれなかった。」
私の所為みたいに言わないでくださいませ!
声を上げて抗議したいが、さすがにそんなことはできない。
「まず、ハネシテゼとティアリッテを呼び出したのは、炎雷の魔法の由来の確認のためだ。」
王子は端的に説明する。
自分の置かれた状況を説明し、ハネシテゼは魔法を教えることに同意した。
そこまでは何も問題はない。
「そして、私に何やら見せてくれたのだ。ハネシテゼ、もう一度やって見せてくれぬか?」
王子にそう言われれば、拒否するわけにもいかない。ハネシテゼは右手のひらを上に向け、その上に魔力の玉をぽんっと出す。
「それは!」
「ティアリッテもできるのだろう? やってみてくれ。」
父の視線が痛いが、私も同じように魔力の玉を出してみせる。それを見てもデォフナハ男爵は顔色一つ変える様子が無いが、父は歯を食いしばり頭を抱える。
「やはり、これは人に見せてはいけないものなのだな。教えてくれ、エーギノミーア公。それは一体何だ? 何故、其方は頭を抱えるのだ?」
「その術は、黄豹や白狐が使う恐るべき術に酷似しています。魔獣が放つそれは、盾や魔法では防ぐことができず、喰らえば一撃で命を落とすことになります。」
父の説明は、以前に私にしたのと同じだ。父自身もその術は見たことがあるらしく、伯父や祖父を倒した術を見間違えるはずもないと断言する。
「ふむ。では、ハネシテゼはその術をどこで誰に教わったのだ?」
「申し訳ございませんが、覚えておりません。ただ、三歳の頃にはこうして遊んでいたことは記憶しています。」
そう言って、ハネシテゼはカップのお茶にちょんと指先を触れる。そして指を上に立てるとお茶が丸まって指先についてくる。
「これもティアリッテはできるのか?」
「……はい。」
私も同じように水面に指先を触れる。ふわふわぽよぽよと指先に小さなお茶の玉がついてくるのを王子は面白そうに見ているが、父の方はとにかく不機嫌だ。
お茶を零してしまっても大変なので、お茶の玉は口の中に放り込んでしまう。
「それはそのまま飲めるのか?」
「自分の魔力ですから平気ですよ。味はちょっと変わってしまうんですが……。これは水に魔力を含ませたのですが、魔力だけを玉にしたのが先ほどのこれです。」
ハネシテゼは、平然と、ごくなんでもないことのように言うが、父の眉間の皺は深くなるばかりだ。
「魔獣についての見解が食い違いの話ではないか……」
父はそう言うが、ハネシテゼが魔力の扱いを魔獣に教わったのでないならば、魔獣は関係ないのではないだろうか。
だが、変なことを言うと怒りの矛先がこちらに向かってきてしまう。私は神妙な顔をして座っているしかない。
「それで、ハネシテゼ・デォフナハ流の魔法の指導では、次は何をするのだ?」
「魔力の玉を作れるようになったら、それを出したり引っ込めたりします。そして、自在に飛ばせるようになるよう、魔力の制御の練習をします。」
言いながらハネシテゼは魔力球を出すと、テーブルの上をくるりと一周させる。そして、手のひらの上で大きくしたり小さくしたりして、最後は全部吸収して終わりだ。
「莫迦なッ! こんなことができるなど……」
「お父様、私やフィエルにもできることです。ジョノミディス様やザクスネロだってできるのですから、ハネシテゼ様だけが特別ということはありません。」
「そして、これができるようになる頃には、魔力の流れを感じることができるようになります。」
「逆じゃないのか? 魔力の流れを感じることができぬ者にそのようなことができるとは思えぬ。」
「恐れながら、殿下。ここで言っているのは、周囲の魔力のことです。ハネシテゼ様にとっては、体内の魔力を感じることができるのは、当たり前のことなのです。」
ハネシテゼは感覚が違いすぎて、最初は言っていることが分からないことも多い。王子も困惑の表情を浮かべるしかできないようだ。
「ティアリッテ、其方が通常のやり方で伝えれば良いのではないか? 使えるのだろう?」
「一度使ったきりなので、同じようにできる自信がありません。」
「ハネシテゼはいつでも使えるのですから、見本をお見せすれば良いのではありませんか?」
なるほど。私も練習する必要があるが、見本をまた見せてもらえるならできるかもしれない。
「ならば、訓練場へ行くぞ。さすがにここで炎雷の魔法は使えぬ。」
というか、私やハネシテゼがここで使ったら、即座に反逆罪で捕らえられるような気がする。
応接室を出ると、ぞろぞろと王宮の廊下を歩いていく。近衛兵に周囲を取り囲まれているのは何故だろう? ここに来るときは一人付いていただけだったはずだ。
「私たちは警戒されているのですか? 来たときはこのような体制ではなかったのですが。」
「警戒されているのは私ですよ。全く面倒な……」
私の疑問に答えたのはデォフナハ男爵だった。そういえば、彼女は叛乱を企てていそうな人筆頭格なのだった。
魔道士用の訓練場に着くと、まず、ハネシテゼに見本を見せてもらう。それに倣って何度か練習すれば、『情けない』と評されることはないだろうと思われる程度には使えるようになる。
「随分と上達が早いな。」
「そうですか? 最初の一回はすでにクリアしているのだから、何度か試せば制御の仕方も分かるかと思いますけれど。」
ハネシテゼは平然と王子に反論する。私はハラハラしっぱなしなのだが、父やデォフナハ男爵は平然としている。
この程度ならば、発言や反論も許容されるのだろうか。だが、どこまでが許容範囲なのか分からない以上、迂闊なことは言わない方が良いだろう。
「では、失礼します。」
王子を待たせて私ばかり練習しているわけにもいかない。ある程度、扱えるようになったところで、王子に魔法を教えることになる。
私は、母にしてもらったように、王子の腕を取り、ゆっくりと魔力を流し込んでいく。そして、自分の腕ではなく王子の腕を使って魔法を組み上げていく。
王子の魔力が反発してくるので、自分で魔法を使うのに比べて、魔力の制御がとても難しい。だがそれでも、王子の手から炎雷の魔法を放つことに成功した。