020 王族の魔法
「用件というのは、炎雷の魔法を私に教えてほしいのだ。」
王子の口から出た要求は耳を疑うことだった。何故、そんなことになっているのだろうか。王族のみと言っているのに、私たちが使えることを認めてしまうのだろうか。
あるいは、私たちが使えるということを証明してしまったら、反逆者として捕らえられてしまうのだろうか。
でも、それなら、何故ジョノミディスやフィエルは呼ばれないのだろうか?
そんなことを頭の中でグルグルさせていたら、ハネシテゼが心底不思議そうに質問した。
「何故、わたしたち二人なのでしょう? 本当に魔法を教えるだけならば、わたし一人で十分ではありませんか?」
私は要らない子のような、凄く失礼なことを言われているような気がするが、ハネシテゼの言い分は決して間違ってはいない。魔法を教えてくれと言われても、むしろ、私は教わる立場の方だと思う。ハネシテゼが何故か教える側なのが理解に苦しむのだが。
そして、ハネシテゼの質問に王子の側仕えたちは不愉快そうに眉間に皺を寄せるが、当の王子は苦笑いで首を横に振る。
「其方らの炎雷の魔法が、王族に伝わるものと同じであるかの確認が必要だ。その結果で私の立場も身の振り方も変わってくる。二人の魔法が同じであるかの確証も無い」
「え? 王子殿下が?」
意外な言葉に、私は思わず呆けてしまった。何でだろう? ハネシテゼや私が反逆者として処分されるんじゃないのだろうか?
「炎雷の魔法が、本当に王族に伝わるものならば、私が王になる目はなくなります。兄と弟で王位を争うことになるでしょう。」
結果がどうあれ、王族は私たちを処分するつもりが無いらしい。ハネシテゼを取り込み、妻とした者が次期王であるというのが王族内での認識だと言う。つまり、女性である第三王子は前提条件から漏れてしまったということだ。
第三王子が王となれる道はただ一つで、ハネシテゼの炎雷の魔法が王族とは関係なく、かつ、ハネシテゼを自らの側近に付けた場合だけだと言う。
「殿下は王になりたいのですか?」
このような場合、何と言えば良いのだろうと必死に考えているというのに、ハネシテゼはまたしても無神経なことを言う。だから、喧嘩を売るような発言はよしてくださいませ!
だが、王子は怒るわけでもなく、じっとハネシテゼを見つめる。
「その質問、そのまま返そう。ハネシテゼ、其方は王になる意思はあるのか?」
「私はデォフナハの跡取りです。」
つまり、ハネシテゼ自身は王を目指すつもりが無いということか。だが、この際、ハネシテゼの意思は関係ないのではないだろうか。父は事実すら関係が無いと言っていたくらいだ。
「私は、不毛な争いが起きることは望んでいない。国が割れる事態だけは避けねばならん。そのためにも真実の確認が早めに必要だ。春になれば、余計な者たちが本格的に動き始めるだろう。その前に手を打つ必要がある。」
「分かりました。そういうことでしたら、喜んでご協力いたします。」
ハネシテゼが了承すれば、話はそれで纏まる。私の意見が二人より優先されることはない。
「とすると、何時、何所で行うのでしょうか?」
「とりあえずはここで良いのではありませんか? ティアリッテに初めて教えたのは食堂ででしたよね?」
もしかして、ハネシテゼは魔力の見方から教えるつもりなのだろうか? 普通は、教える相手に魔力を流して制御の仕方を教えるものなのだが。
そんな私の心配を余所に、ハネシテゼは右の手の平の上にぽんっと小さな魔力の玉を出してみせる。
「いけません、ハネシテゼ様! 止してくださいませ!」
慌てて止めるが、王子はもちろんハネシテゼもよく分かっていなさそうだ。デォフナハ男爵は知らないのだろうか?
しかし、私も何をどこまで言って良いのかが分からない。ただ一つだけ分かっているのは、対応を間違えれば、私の人生はここで終わってしまうということだ。
「どうしたのです、ティアリッテ? 何か問題がありまして?」
「ダメです。それは教えてはいけません……」
「何故です? 遅かれ早かれ、私の魔法の由来は明らかにする必要があると思っています。事態がおかしくなる前に王族に明かすのは悪手ではないと思いますけれど。」
ハネシテゼも王子も詰め寄ってくるが、私には答えることができない。どうすれば良いのか、何と答えるべきなのかが分からない。ただ、涙が溢れてくるだけだった。
私がただオロオロしていると、王子は片手を上げて周囲に何か合図をする。側近の一人と小声でやり取りすると、近衛も側近たちも部屋から出ていった。
「ティアリッテ、説明してください。一体、何がダメなのですか?」
「今、ハネシテゼ様がお見せしたのは、魔獣の術です。事実はどうあれ、大人たちはそう認識しています。私たちが王子殿下も魔獣の側に引き込もうとしたなどと言われたら、どのような事態に発展するか想像もできません。」
そう言うと、王子も口元に手を当てて黙り込む。眉を寄せて考え込んでいる様子だが、どのような結論になるのか私には分からない。
「父を、エーギノミーア公爵を呼んでくださいませ。私たちでは手に余ります。」
「お母様にも出てきてもらうしかなさそうですね。」
王子すら途方に暮れだすのだ。ハネシテゼも嫌々といった様子であるが親を呼び出すことに同意する。
「何と言って呼び出すかだな。人払いをして正解だとは思うが、だからこそ、少々の無礼を働いた程度の理由で呼び出すことはできぬ。」
もちろん、側近であろうとも本当のことを言ってしまうわけにもいかない。この話は、国王陛下にすら漏れるのは危険だ。
「魔獣についての見解が食い違いすぎていて理解できぬ。と言えば良いのではないでしょうか。」
後で叱られそうだが、父もその説明でやってくる可能性は高い。私や一族の行く末にも関わる問題なのだから、少々叱られるくらいなら諦めるしかないだろう。
王子がベルを鳴らして側仕えたちを呼び戻し、エーギノミーア公爵とデォフナハ男爵の呼び出しを命じるとともに、お茶菓子の用意をさせる。
「話の流れが想定外すぎる。日を改めたいとは思うのだが、あまり時間に猶予はないのだ、許せ。」
「いえ、私も早めに片付けてしまいたいです。」
ハネシテゼが答え、私も頷く。こんな頭が痛い思いをするのはこれっきりにしたい。今後もずっと続くなどと言われたら困るなんてものじゃない。
「難しい話は当主殿が来てからにしよう。」
王子がそう言いだしたことで、お茶を飲みながら、他愛無い雑談をして過ごすことになった。話の内容は主に学院の生活についてだ。
去年卒業したばかりの第三王子は私たちと同じ寮で生活していたらしく、教師や在校生に関する色々な噂話を知っているようだ。
親の呼び出しに使った理由も忘れて楽しく談笑していたら、真っ青な顔をした父がやってきた。