016 私が悪いのですか?

なにやら余計なことも起きたが、パーティーは特にそれ以上の問題や騒ぎが起きることもなく終わった。

デォフナハ男爵は何かと大変そうではあったが……

「それで、話とは何だい? 植物の栽培がどうとか言っていたが。」

皆が解散していくなか、ジョノミディスがハネシテゼに声をかけた。

「ジョノミディス、その話は今しなければならないのか?」

一緒に歩いていたブェレンザッハ公爵は、早く帰るぞと言わんばかりだ。

「公爵閣下にもお知りおいてほしいことでございます。」

ハネシテゼの言葉に、ブェレンザッハ公爵は僅かに眉間に皺を寄せる。だが、ハネシテゼは構わずに言葉を続ける。

「植物にも魔物はある、という簡単なお話でございます。料理に入っていましたので、もし栽培しているのならば、すぐに止めさせるべきかと思いまして。一般的には駆除した際に採れたものを、このような席の料理には使わないと存じますが……」

ハネシテゼが言うには、魔物の植物は土地の精を吸い尽くし、不毛の大地へと変えてしまうと言う。その話は聞いたことがあるが、本当にそんなものを農民が畑に植えているのだろうか。

「少なくとも、料理には入っていました。魔物の植物は育ちが早く、実りを得やすいので、不作であればあるほど、農民には有り難がられるのです。」

「他の領の料理には無かったのか?」

「全ての料理を食べたわけではないですし、食べてすぐ分かるものばかりでもありませんから何とも言えません。ブェレンザッハの料理には私が知る魔物の豆が入っていました。」

ブェレンザッハ公爵はじろりとハネシテゼを睨め付け、踵を返した。

「確認の上、事実であればすぐに止めさせよう。忠告感謝する。」

ちっとも感謝しているような物言いではない。むしろ、間違いだったら覚悟しておけと言っているようにしか聞こえない。

それでも、ハネシテゼの言葉を嘘だと決めつけないだけ、懐が深いとも言える。

「ティア、父上たちがお待ちだ」

「今行きますわ」

フィエルが呼びに来て、私もハネシテゼに一礼して家族のもとへと向かう。この後は本来ならば誰とどんな話をしたのか報告する時間になるはずだ。

それだけで済めば良いのだが、恐らくそれはないだろう。

「ティアリッテは最後にしましょう。」

部屋に着くなり、椅子に座りながらお母様が報告の順番を言い渡す。最初はフィエルで、兄や姉たちの報告が続く。

フィエルも兄姉も王族や公爵家との交流がメインで、多少、侯爵の名前が出てくるくらいだ。そのほとんどは同じ派閥の者たちなので、私も名前は知っているし、今日、挨拶した方も多くいる。

「さて、ティアリッテだが。どうしたものだろうな?」

「どうしたもの、とは?」

「まず、何故あんな勝負事になったのだ? そこから説明するように」

何故と言われても、三年生筆頭の嫌味にハネシテゼが短気を起こして、それを第二王子が煽った結果だ。

できるだけ感情を混ぜないように、事実を説明していく。

「第二王子が出てきた時点で、完全に私の手に負える状態ではなくなってしまいました。その後、成り行きに任せるままになってしまったのは、私の至らなさ故と思っています。」

「責めているわけではありません。第二王子が関わっている以上、子どもの喧嘩で収まる問題ではなくなってしまったのです。誰の、どのような思惑があの場にあったのかが重要なのですよ。」

母はそう言うが、あの場を作ったのはハネシテゼと三年生筆頭、そして第二王子の三人だ。他の大人も子どもも関わっていない。ジョノミディスもかなり狼狽えた様子を見せていたし、想定外の事態だったのだと思う。

「それならば、あれは本当に単なる王子殿下の暇つぶしの余興と考えて良いのですかね、父上?」

「うむ。他に関わっている者がいないならば、あの魔法を使ったことに焦点が当たるだろう。あれさえ無ければ、本当にただの余興であったと考えると頭が痛いわ」

「何とか良い方向に持っていくしかないでしょう。幸い、ティアリッテはあの三年生筆頭に見劣りしない魔法も使って見せたのです。」

その後は、炎雷の魔法をどうやって覚えたのか、という話である。だが、これに関してはあの場で説明した以上のことは何もない。

「あの魔法は、本当にあの時初めて見たものです」

「見ただけで使える、と言っていましたね。あなたは火球の魔法をどのようにして習得したのか覚えておりまして?」

それは、今でもはっきり記憶している。母が何度も私の身体を通して魔法を使って、魔力の動きを覚えたのだ。母の補助なしに、自分だけで魔法を放てるようになるまで二週間くらい掛かっていたはずだ。安定して使えるようになるまで、更に数ヶ月の練習を要した。

だから私も、魔法を見て覚えるとハネシテゼから初めて聞いた時はとても驚いた。魔力の流れを見極め、それを真似るだけだとハネシテゼは簡単にいうのだが、魔力の流れを見るなんてしたことがなかったし、どうやったらできるのかも分からなかった。

「ですが、一度、コツを掴んでしまうと、どうして今までできなかったのかと不思議に思ってしまうくらい簡単なことだったんです。」

ただし、誰のどんな魔法でも真似できるわけではない。高度で複雑な制御を要する魔法は一回で再現できるはずもないし、魔力の流れを見えづらくして魔法を使うこともできる。私にはそんな器用なことはできないのだが、ハネシテゼは見え易くしたり、見えづらくしたりできるようだ。

あの場では、とても分かりやすく使ってくれたから、私たちが真似することができたのだ。

「では、それを私たちに教えてくれるかい?」

「それは……」

思わず口籠ってしまうと、長兄の目は途端に厳しいものになる。

「おやめなさい、ラインザック。ティアリッテもただで教えてあげる必要はないのですよ。あなたの得た優位性はあなたのものです。欲しいと言われたら相応の見返りを要求するくらいできるようにならなければ搾取されることになりますよ。」

母にそう言われたことで、ほっと一息を吐く。私は跡目争いからは身を引いたが、全てを兄弟に譲り渡したわけでもない。

「白狐の退治に関して、私の味方をしてくれるなら教えても良いですよ」

私の言葉を信じるならば白狐の話の方も信じろというのは無茶な話ではないはずだ。だが、長兄ラインザックは困り顔で私と父を見比べる。

「その話だが。」

父もやはり困り顔で言う。他の公爵や王族と何かあったのだろうか。

「ティアリッテ、デォフナハの娘が魔法をどこで覚えたのかは聞いたことがあるか?」

唐突な質問である。白狐の話ではないのだろうか?

「獣が使っているのを見て覚えた、と言っていたことはあります。」

「その獣とは白狐、いや、あの領地ならば黄豹のことか?」

残念ながらそこまでは聞いていない。

白狐退治が何故ハネシテゼの魔法の話なのか、関連性がよく分からず首を傾げていると父は大きく嘆息してから説明してくれた。

「今日、使って見せた炎雷の魔法は紛れもなく王族に伝わるものだ。それを大勢の前で其方らが使ってしまったことは、もう、覆しようのない事実だ」

第一の問題は、わたしやハネシテゼが、それをどこで習得したのかということだ。

「見様見真似だと言っているではありませんか。どうして信じてもらえないのですか?」

「信じるとかそういう問題じゃない。信じても、信じなくても問題しかないんだ。もし、ティアリッテの言葉が嘘ならば、ティアリッテ、其方のすぐそばに反逆者がいるということになる。」

兄の説明によると、ついでに、私自身も反逆者の仲間だと認識されることになるらしい。嘘をついて反逆者を隠そうとしているのだから、仲間に決まっていると言う考えだ。

「そんな……、私が何故、反逆など謀らねばならないのですか!」

「仮に、の話だ。家督争いからも退くような其方がそんなことをするとは思っていない。見様見真似だとするならば、それは、炎雷の魔法を使うことができる獣が存在する、ということだ。」

「恐ろしい脅威が野山にいる、ということですね。」

わたしは、ハッと気づいたことを口にするが、父も母も兄も首を横に振った。

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