013 年始のパーティー
ブェレンザッハのシチューは、たいそう美味しかった。
ジョノミディスが自慢するだけのことはある。ハネシテゼも満足そうに目を細めながら、スプーンを口に運んでいる。
だが、突如真顔でスプーンでシチューをかき回しはじめた。何か嫌いなものでも入っていたのだろうか。
「ジョノミディス様はどちらにいらっしゃるのでしょう……?」
ハネシテゼがポツリと呟いた言葉に、近くにいたブェレンザッハの案内役の使用人が近づいてきた。
「如何なされましたか? お伝えすることがございましたら承ります。」
「これに使われている野菜は、すべてブェレンザッハで育てているものなのでしょうか?」
このパーティーに出す料理は、自領で採れた材料を使ったものが基本のはずなのに、ハネシテゼは当たり前のことを聞く。
「はい。昨今の不作続きであまり量をご用意できなかったのが心苦しいのですが、全てブェレンザッハの畑でとれた野菜でございます。ベーコンにはゼンバス連峰の山羊を一週間かけて燻製した品を使用しています。」
黙って説明を聞いていたハネシテゼは、シチューの中から黄色い豆をスプーンで掬い上げる。名前は知らないが、ピリッとした辛味とコリコリした食感が特徴の豆だ。
「これを栽培してはいけません。土地を侵す魔物ですよ。」
ハネシテゼはいつも唐突にとんでもないことを言う。
使用人もそんなことをいきなり言われては困るだろう。どう答えて良いのか分からず目を白黒させている。
「魔物なんて食べられるんですか? いくつか食べてしまったのですが大丈夫でしょうか?」
「それは心配ありません。毒があるものをブェレンザッハが出すわけがないでしょう。魔物といっても、普通に食べられるものも多いのですよ。」
ハネシテゼはそう言うが、魔物と聞くと一気に食欲を無くしてしまう。
「ブェレンザッハが魔物を料理に混ぜているなど、言い掛かりも甚だしいことでございます。」
使用人は明らかに不愉快そうに言う。
「魔物と言うと印象が悪いですけれど、味が悪いと決まっているものでもありませんし、毒があるということもありません。食べるぶんには、他の野菜や肉と差などないのです。この料理はたいへん美味しいですし、ブェレンザッハを貶めるつもりはありませんよ。」
「では何故魔物などと仰るのですか。」
「私が言いたいのは、これを畑に植えてはいけない、ということだけでございます。ハネシテゼがそう言っていたとジョノミディス様にお伝えくだされば、それで宜しいのです。使用人の方と言い争うつもりはありません。」
ハネシテゼの言い方は喧嘩を売っているようにしか聞こえないが、気のせいだろうか。いや、後ろでハネシテゼの側仕えもオロオロしているし、気のせいではなさそうだ。
私の側仕えも、ちらりちらりと私に目配せをしてきている。私が止めろということだろう。
「それくらいになさってくださいませ、ハネシテゼ。魔物と聞いて気分が良いものではありません。この場に相応しい話題ではないように思います。栽培に関しては後日にでも直接ジョノミディス様とお話しすれば良いでしょう。」
「そうですね、不躾なお話、大変失礼致しました。」
私の諌めの言葉に、ハネシテゼは素直に頭を下げる。
そんなことなら、はじめから余計なことを言わなければ良いのに。
「他の料理も試してみましょう、ハネシテゼは王宮料理はもう食べましたか?」
言いながら振り向き、失敗した、と思った。私の視線の先、王宮料理のテーブルには第四王子がいたのだ。だが、やっぱり後にしましょう、とは言えない。王族の姿を確認してから避けるというのは、態度が悪すぎる。
「王宮料理はあちらでしたか。こちらの方が美味しそうな匂いがしたので、最初にやってきたのですが……」
「あら、一番良い匂いをさせているデォフナハが何を言っているのでしょう?」
ハネシテゼは第四王子のことは気にもせず、色々と無自覚なことを言う。
私もジョノミディスもその匂いに惹かれていったのだ。料理の種類や量も含めて最も目立っているのはデォフナハで間違いないと思う。
「こちらもとても美味しそうですね。セプクギオ王子殿下、オススメはどの料理でしょう?」
料理を食べている第四王子にハネシテゼは気安く話しかける。王族に対しての敬意が微塵も感じられないような気がするのだが、気のせいだろうか。
「ハネシテゼ・デォフナハか……」
笑顔で親しげに話しかけるハネシテゼに対し、第四王子は嫌そうな目を向ける。
だが、側仕えに突かれて姿勢を正して、真顔で料理の話をはじめた。
「この肉団子は子どもでも食べやすく味付けされている。あちらのピザは辛味が強いゆえ、苦手ならば手を出さぬ方が良いだろう。そちらの茹で野菜はただの野菜に見えるが、ソースが特別製なのだ。まるでデザートを食べている気分になるだろう。」
少々話し方が刺々しいような気がするが、ハネシテゼと第四王子の間に何かあったのだろうか。二人の間に接点などないような気がするが。
側仕えに給仕してもらい、肉団子を口に運びながら考える。
「おお……」
何だこの肉団子は! 思わず声を出してしまうほど美味しいではないか!
表面はパリッと揚げられ、中に旨味が凝縮されている。一口噛むことでそれが口いっぱいに広がると、頬が落ちてしまいそうだ。
「これはとても美味しいですわ。」
私の言葉にハネシテゼも大きく頷く。
「そうですね、これは……、素晴らしい料理だと思います。」
ハネシテゼは、何か、とても引っかかる言い方をする。大方、材料や作り方を言い当てようとでもしかけたのだろう。
ハネシテゼはやたらと料理に詳しい。他の男爵や子爵の子らも普段から厨房に入り、自分で盛り付けたり下膳したりもしているようだが、ハネシテゼは料理までしているのではないだろうか。
デザートにもなる茹で野菜とやらも食べてみようかと思ったが、ソースがなんと三種類もある。
「このソースはどれがオススメなのでしょうね。」
「私は真ん中の橙色のソースが好きだ。甘味と酸味がちょうどよく混じり合っているのに加え、喉越しが独特なのだ。」
ほうほう。王子が絶賛するのを聞くと、私も食べたくなる。ハネシテゼも側仕えに言って、皿に盛り付けてもらっている。
「これは確かに独特な喉越しですね。」
スッキリとした感覚が喉に残るのだ。
笑顔が溢れてしまう私とは対照的に、ハネシテゼは難しい顔でぶつぶつ言っている。本当に王族の前で失礼だからやめなさい!
「ハネシテゼはとても優秀と聞いていますから、これに何が入っているのかも、きっとお分かりになるのでしょうね。」
王子殿下もなかなか嫌味を言ってくるが、その手の嫌味はハネシテゼには通用しないと思う。
「胡桃の油をベースに、柑橘が二種、それに野苺……のお酒、といったところでしょうか。」
ハネシテゼは本当に分かってしまうから危険なのだ。製法すら見当がついているのではあるまいか。
王子の側仕えたちも唖然とした表情でハネシテゼを見つめている。
第四王子は悔しそうに睨んでいる。ハネシテゼを見るその目には、明らかに敵意が見て取れる。
だが、そこで一つ思い当たることがあった。第四王子はハネシテゼと同じ六歳のはずだ。学院に首席入学したハネシテゼと比べられることに劣等感を持っているのだろう。
だが、このような場で態度に出てしまうようではダメだ。六歳ならそんなものとは思うが、それではハネシテゼには勝てない。
「やあ、ティアリッテ、それにハネシテゼ。セプクギオ王子殿下、私も王宮料理を頂いてよろしいですか?」
この雰囲気をどうしようかと思っていたところに、ジョノミディスとザクスネロが連れ立ってやってきた。