012 年末年始

それから数日は何事もなく過ぎていった。

ただし、あれ以降、実技演習で王都を出ることはなくなった。ハネシテゼや私がいくら問題ないと言ったところで、白狐は変わらず危険な魔獣という扱いであることには変わらない。

退治のために騎士団が動いたと言う話も聞かない。

「少しは私たちの言葉に耳を傾けてくれているのでしょうか?」

「いや、騎士団を動かすにせよ準備に時間がかかるからな。何とも言えないだろう。」

「今回は二頭が確認されているからな。子どもとはいえ、舐めてかかれる相手でもなかろう。父上たちといえども、十人やそこらでどうにかできるとは思えんぞ。」

私の期待に、ジョノミディスとフィエルは現実的なことを言う。

「心配しなくても、実際に退治に行くとなれば私も呼ばれます。」

ハネシテゼがとんでもないことを言いだした。ハネシテゼが優秀なのは認めるが、それはいくらなんでも思い上がりすぎではないだろうか。

「騎士団の方々だって死にたいわけではないでしょう。私がどうにかできるなら、やって見せよと言ってきますよ。私が失敗して死んだところで、所詮は男爵の娘ですから、大した問題はないですし。」

本当にとんでもないことを平然と言う。

「ハネシテゼが犠牲になる必要など」

「私は犠牲になどなりませんよ。失敗しませんから問題ありません。むしろ、大変なのはお母様の方です。」

ハネシテゼはやたらと自信満々だ。

「デォフナハ男爵が大変……?」

どういうことなのか分からず、フィエルが疑問の声を上げる。

「普通に考えれば、ハネシテゼが本当に白狐を手懐けたりしたら大変なことになるだろうな。」

「大変なこと?」

ジョノミディスは冷静だ。

「白狐たちを従えて攻め入ってくる者がいたらどうなると思う?」

そう考えたことはなかった。私たちは息を呑むが、ハネシテゼは逆にため息を吐く。

「そのつもりがあるなら、とっくにやっていますよ。わたしが黄豹と友だちになったのは二年以上も前ですよ。」

呆れたように言うが、王を倒して成り代わろうと思えばできるというのは、いくらなんでも不敬だし物騒すぎる。

「それで父上たちが納得するならば良いのだがな。」

「だから、わたしのお母様が大変なのです。毎日、お小言の手紙しかきませんから……」

ハネシテゼがしょんぼりと俯いて言う。

何事もなく時は過ぎて、日復祭を迎える。

冬はこれからが本番だが、太陽はこの日を境に勢いを取り戻していくらしい。

一体、何がどうなってそんなことになっているのかは分からないが、そういうものらしい。

今日行われるパーティーは、一年の行事の中で最も盛大に行われる。私も両親について兄弟そろっての参加だ。

会場である大広間に入ると、既に多くの人が歓談を繰り広げている。

ついつい見知った顔がないか探してしまうが、それよりもまず、上位の者たちへの挨拶をしなければならない。

父についていくと、そこにいるのは国王陛下だ。周囲を近衛兵で囲まれているため、とても分かりやすい。

「陛下、殿下、ご機嫌麗しゅうございます。天候厳しい旧年を乗り越え、本年の繁栄をお祈りするとともに、私もお力となれるべく精進していく所存でございます。」

王族への挨拶は緊張するが、口上の大半は父に任せればいいし、私は兄たちに倣って、ごく短い挨拶をすれば良いのでそれほど大変でもない。

王族への挨拶を終えれば、上位の公爵家に順に挨拶していく。

最初は第一の公爵家、ブェレンザッハだ。つまり、ジョノミディスの家である。

「ご機嫌麗しゅうございます。ブェレンザッハ閣下。ジョノミディス様とは同級としていつもお世話になっております。」

「ご機嫌麗しゅう、ティアリッテ。お互い切磋琢磨していけるよう頑張ろう。」

堅苦しい挨拶のなか、見知った顔に、ついつい顔が緩んでしまうが、ジョノミディスも笑顔で挨拶を返してくれる。

だが、ブェレンザッハ公爵は面倒そうに私をジロリと一瞥しただけで何の感情もない言葉で挨拶を締めくくる。

派閥が違う私が表立ってジョノミディスと親しげにするな、とは父や母からも言われている。ここは学院ではないのだ。公式の場ではこういうことは仕方がないのだろう。

派手な衣装に身を包み、並み居る貴族たちとの挨拶は大変だ。

誕生パーティーに呼んだり呼ばれたりしている相手は大体顔を覚えているが、派閥の違う貴族とは一年に一度しか会わない者も多い。

まず父から挨拶するので、名前が分からなくて困ることはないが、成人するまでには全部覚えねばならないと思うと気が重くなる。

王族からはじまり上位の者への挨拶が終わると、ようやく席に着くことができる。だが、ここからは私も挨拶を受ける側になる。公爵以下の者たちが、ぞろぞろとやってきては、定型的な挨拶をしていく。

「ご機嫌麗しゅうございます。エーギノミーア閣下。」

「貴公のお陰で全然麗しくないわ、デォフナハよ。今年はもう少し大人しくしていてもらいたいものだな。」

いい加減飽きてきたところにやってきたのはデォフナハ男爵だ。挨拶もそぞろに、父は嫌味を投げかける。

だが、相手は動じた様子を微塵も見せない。涼やかな笑顔を崩さない女性当主は、ハネシテゼとはぜんぜん似ていない。顔立ちも髪の色もぜんぜんちがう。

だが、笑ってしまうほどそっくりだ。

男爵とは思えないほど威風堂々と風格のある人だ。いつも思っていたが、ハネシテゼのやたらと堂々とした態度はこの人に似たのか。

「ティアリッテ様、ご機嫌麗しゅうございます。」

「ご機嫌麗しゅうございます。ハネシテゼ。」

私の前に来て挨拶するハネシテゼに挨拶を返すも、どうにもやりづらい。学院の外と内では立場が逆転するのだが、言葉遣いがついていかない。

デォフナハ男爵との挨拶が終われば、もう残りは少ない。このパーティーは、全ての貴族が集うわけではない。基本的に、王より拝領された貴族だけだ。

公爵家、侯爵家は全ての家が領地を受けているが、男爵家は僅か三家だけだ。

やっと最後のミルイズ家が終わったら、ようやく食事ができる。テーブルに並べられた料理の匂いが先ほどから食欲を刺激してやまないのだ。

父と母がテーブルに向かい、私も良い匂いのするテーブルに向かう。

一番大きなテーブルに山のように載せられた料理だ。

側仕えを伴って行ってみると、ジョノミディスがお目当ての料理をご賞味中だ。

「あら、ジョノミディス様もこちらに?」

「ああ、一番良い匂いがしていたのでな。」

声をかけると、笑いながら答えてくれた。

良かった。学院では仲良くしているのに、学外では派閥が違うからと会話をできないのでは寂しすぎる。

「これはどこの領の料理なのでしょうね?」

「位置的には子爵か男爵だと思うが、このテーブルだけやたらと大きいのは何故だ?」

いつの間にきたのか、横からフィエルが口を出してくる。

「デォフナハではないか? これほどの食料を供出できる領はあそこしかあるまい。我がブェレンザッハの倍以上も出すとは恐れ入ることだ。」

ジョノミディスの口調に嫌味の色はない。本当に感心しているのだろう。

「量だけではなく、なかなか美味ではないか。」

フィエルは次から次へと麺を口に運んでいる。

私も同じものを取ってもらい、食べてみる。細めの麺にキノコのソースが絡んでいるのだが、上に掛かっている粉は何だろう?

付け合わせの野菜の塩漬けも、塩加減がちょうど良く、いくらでも食べられそうだ。

「料理は他にも色々あるんだ。他の領の自慢料理も食べておかないと、後で話題に困ることにならないか?」

おかわりをしようとした私に、ジョノミディスが「やめておきなさい」と冷静に言う。

確かにこの料理は美味しいが、他の料理も食べずに美味しくなさそうなどというものでもないだろう。

「ブェレンザッハは今年は何を用意しておるのです?」

「ミルクシチューだよ。私も試食したのだがが、なかなか良い仕上がりになっている。」

「まあ、それは、是非とも食べてみよということでしょうか?」

笑いながらも、公爵家のテーブルが並ぶ方へと向かう。

「エーギノミーアの料理はどこだい?」

「あちらの奥の、ヤギ肉の香草焼きでございますわ。チーズソースが自慢ですの。」

「それは楽しみだ。」

そう言ってジョノミディスは我がエーギノミーアの料理を食べに行った。私とフィエルはブェレンザッハのテーブルに向かう。

「わたしも頂いて宜しいですか。」

料理を取っているところに後ろから話しかけてきたのはハネシテゼだった。

「あら、ハネシテゼ様。先ほどデォフナハの料理を頂きましたよ。」

「様、は余計ですよ。ティアリッテ様。ご賞味いただきありがとうございます。お口に合いましたか?」

うう、いつもの癖で、ついつい敬称付きで呼んでしまう。父や母に見つかったら、また叱られてしまうだろう。慌てて左右を確認するが、幸いと言うべきか父も母も近くにはいないようだ。

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