078 魔物退治の依頼

「ハネシテゼ・ツァールは連れてこなかったのか?」

第一王子に勧められてソファに掛けるなりそう聞かれた。

「今回のお呼び出しにハネシテゼ様の名前がなかった理由は存じませんが、呼びたくない理由があったのだと推測しました。」

それは建前だ。

私からはハネシテゼを巻き込みづらいとか、派閥内での立ち位置を考えると、王宮には連れてこない方が良いとか色々理由はある。

「では、何故、その二人は同行させたのだ?」

第一王子は責める口調ではないが、かなりの圧迫感はある。問われているのが私であるため、ジョノミディスとフィエルは背筋を伸ばして黙って座っているしかない。

「私が呼び出される理由は、魔法や魔力の操作について以外の理由が考えられません。ですが、それならば同性である彼らの方が適任であると存じます。」

「残念ながら、今回は魔法や魔力の操作の話ではない。だが、まあ良いだろう。他に呼ばれる理由が思いつかないと言うのも無理はない。」

そして、第一王子は本題に入る。

端的に言えば、私たちに魔物退治に行って欲しいということだ。

「困ります。だいたい未成年の私が出しゃばることではないでしょう。」

「今年は五年生が動けていないのが問題なのだ。」

以前の合同演習で、五年生の上位陣が軒並み大怪我をしてその後の演習や講義にも出席できていないらしい。魔物退治を実際に行う演習もあるはずだったのだが、実施できておらず、その分だけ魔物退治の予定が狂っているということだ。

「それを私たち二年生が尻拭いせよと仰るのでしょうか?」

第一王子を非難するような私の口ぶりにジョノミディスは顔を引き攣らせたりしているが、そこは言っておかねばならないことだ。

貴方きほうならできるだろう?」

「できなくはないと思っています。ですが、私はまだ二年生です。」

王宮の騎士たちの中には、私の指示に従いたくないという者もいるだろう。邪魔な足手まといでしかない子どもと認識されていたのでは、騎士たちを率いることはおろか、同行することすらままならないかもしれない。

「人員の選定は貴方きほうの希望も聞く。基本的に班員を固定しておけば信頼関係も作れよう。」

ちょっと待ってほしい。班員の固定とは、何度も行けということだろうか。第一王子には私の言いたいことが全く伝わっていない。

「ティアリッテは何か殿下の不興を買うようなことでもしたのかい?」

「そんなことをした記憶はございません。」

「しかし、軽い罰とは思えぬぞ。」

「待て、貴方きほうら。何故、罰となるのだ? 私はティアリッテ・エーギノミーアを信頼しているからこそ依頼しているのだ。」

どうしようかと思っていると、ジョノミディスが助け舟を出してくれた。それに乗れば第一王子もくいついてくる。

「魔物退治に行けば最低でも一日は、長ければ数日はそれに時間を取られることになるでしょう。その間は当然、座学が滞ってしまいます。合計で十日や二十日にもなれば、成績に差が付くのは必然です。」

「これまでの分を取り戻さなければならないのに、さらに魔物退治で時間を使ってしまったら、公爵家として最低限の成績すら危うくなってしまいます。」

そこまで言ってようやく理解したのか、第一王子は大きく嘆息する。

「魔道および体術演習の時間は座学に打ち込めるよう取り計らう。魔獣退治に出ればそれで十分だろう。」

なるほど。魔獣退治以外の日は一日中座学に取り組めるならばそれほど悪くはない。あとは、どれ程の回数、魔獣退治に行かなければならないかだ。

「五回から七回ほどで考えている。心配せずとも十を超えることはない。食事や馬はこちらで用意する。」

第一王子の出してきた条件に私が頷くと、話の対象はジョノミディスとフィエルに移る。つまり、彼らも一緒に魔物退治に出るのかという話である。

「一つお伺いしたいのですが、私が参加するのはティアリッテと同じ班になるのでしょうか?」

「三人とも同じ班で動いて貰うつもりで考えている。別の方が良いのか?」

「いえ、私の希望としても同じ班にしていただけるのならばありがたいです。」

そりゃあそうだろう。大人の中に一人だけ混じるのはとても居心地が悪そうだ。私もフィエルやジョノミディスが同じ班の方が安心できる。

「もう一つ希望を述べさせていただいてよろしいでしょうか?」

「何だ? 申してみよ。」

「ハネシテゼ・ツァール、および、ザクスネロ・モレミアも共に参加することは可能でしょうか。」

ジョノミディスの要望に、第一王子は少し顔を曇らせる。そんなに困るようなことなのだろうか。ハネシテゼに借りを作りたくないとか今更な気はする。

「ハネシテゼ・ツァールが大きな戦力となるのは分かる。だが、何故モレミア家だ? 特段の功績も聞いた記憶が無いが……?」

功績云々より、私たちの友人関係の問題だ。学院で一人だけ取り残されたら実技演習ではとても困ったことになるはずだ。私がその立場になったらと思うと、とても恐ろしい。

「戦力としては大丈夫なのか?」

「私たちとそう変わりません。彼で問題があるならば、私にも無理です。」

魔力は私の方が上である自信があるが、体力となるとザクスネロに勝てる自信はない。雪の中の魔物退治は経験がないのはみんな同じだし、誰が一番功績を上げられるかは分からない。

「貴方らの希望と言うことで声はかけてみるが、モレミア侯爵から快い返事が得られるとは限らぬ。」

ハネシテゼが特殊なのは誰の目にも明らかだが、ザクスネロはそうではない。派閥も違うし、親がすぐに納得するとは限らない。親が了承してもない状態で王都の外に連れ出せば、それだけで大問題になってしまうだろう。

第一王子の説明に、私たちは納得するしかない。どうしても連れて行きたければ自分で説得せよと言われるだけだろう。

私たち三人がそれで同意すると、第一王子の後ろに控えていた文官と思しき数名が部屋から出て行き、それと入れ替わりに四人の騎士が入室してきた。

「この者たちが貴方きほうらと一緒の班になる者たちの候補だ。」

「候補ですか? この四人だけなのですか?」

「いや、彼らは七人組の代表だ。元々、ティアリッテだけの予定だったからな。二班二十八名に一人加えて行動してもらうつもりだったんだがな。」

「二十八人も、ですか? 一体どんな魔物を相手にする想定なのでしょう?」

「五年生は四十二人に騎士七名で行っていた演習だぞ? 二十八くらいは必要だろう。それでも人数は半減しているんだ。期待しているぞ。」

そう言われるが、どうにも感覚が分からない。そんなに大人数では動きづらいのではないかと思ってしまう。

「私たちを含めて、全部で七人くらいで良いのではありませんか?」

「フィエル、野営の可能性を忘れていませんか? 私たちの他に騎士七名ほどが妥当だと思います。」

「待つんだ二人とも。私たちには冬の夜営の経験が無い。あまり少なく見積もりすぎると酷い失敗をすることになる。私たちの他に十四人が適正だろう。」

どうにも私たち三人の中でも認識がズレてしまっている。班の人数は重要な問題だ。きちんと話をしておきたいが、第一王子の前で延々と続けるわけにもいかない。

「待て。話の流れがおかしいぞ。貴方きほうらの気にするところは野営だけなのか? これまで数十人で相対していた魔物だ。そう易々やすやすとは行かぬだろう。」

第一王子はそう言うが、魔法が通じる相手ならば雷光の魔法の一撃で終わる。魔物退治で一番辛いのは、倒した魔物を焼き払うために一か所に集めることだ。何をどう頑張ったって、体格や腕力の面では大人の騎士には及ばない。

そして最大の問題となるのは、敵の数が多い場合だ。休む間もなく数え切れないほどの敵が押し寄せてきたら対応しきれなくなるだろうが、その場合、騎士が十四人でも二十八人でも大差ないように思う。

「随分な自信だな。」

「私たちに足りないのは腕力と索敵能力です。それを補ってくれる騎士がいれば問題ありません。」

フィエルの言葉に私も大きく頷く。攻撃力に関しては、私たち五人がいれば事足りる。魔法が通じない相手でも、私たち五人で全力で魔力飽和攻撃をしかければ何とかなると思う。

同行する騎士たちは腕力と索敵能力という観点で決めるべきだ。

「彼らの魔法は殿下も伝授を求めるほどなのでしょう? 是非、その力を拝見したい。私たちは索敵に自信がございますゆえ、同行を許可いただきたい。」

そう言って騎士の一人が一歩前に進み出ると、もう一人がそれに続く。

「見知らぬ大人ばかりでは、余計な負担も大きいでしょう。学生に足りぬものを知っている我々ならば、支援することもできましょう。」

どこかで見たことがあると思ったら、五年生との合同演習の際に一緒についてきていた騎士だ。なるほど、学生の演習を支えている者たちならば私たちもやりやすいかもしれない。

「では、お二人にお願いするということで良いかしら?」

「ああ、異存ない。」

フィエルとジョノミディスも同意し、同じ班となる騎士たちは決まった。

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