077 呼び出しはつづく
国王や第一王子たちに雷光の魔法を教えに行く頃には、学院での魔力操作についての指導は全て終わっていた。
今回、学院で教えたのは水に魔力を詰めて回収するところまでだ。それができていれば畑に魔力を撒くことはできるはずだし、収穫の改善には十分貢献できるはずだ。
そして、私のところには、魔法を教えてほしいと言ってくる者が後を絶たない。正直言って、お茶会に出かけるのもうんざりするほどだ。ハネシテゼがお茶会を嫌がるのが少しわかったような気がする。
あちらこちらに魔力操作や雷光の魔法を教えたりしていれば、必然的に私の勉強時間は減ってしまっている。座学は冬の間に進めておかねばならないのに、それが滞ってしまえば年間計画に狂いがでてしまう。
「しばらくはお茶会の出席は見合わせます。」
「お茶会に全く出ないというのは外聞がよろしくありません。公爵家令嬢としてきちんと社交を重ねていかねばならないのです。」
側仕え筆頭はそう言うが、現状ではお茶会に出ても公爵家令嬢としての社交はできない。どのお茶会に出ても話題は何時も同じだし、どこからも新しい情報がやってこない。それならば勉強に精を出していたほうが良いはずだ。
「いま、お茶会に出ても得られるものがありません。それよりも来年のために勉強に時間を割くべきなのです。デォフナハとブェレンザッハ以外からのお誘いは全てお断りして下さい。」
そう断言して、やっと側仕え筆頭は引き下がっていったが、どこかから招待状がやってくるたびに一々私に言いにくるのだ。本当に面倒なものである。
ジョノミディスやザクスネロの勉強の進み具合を聞くと、私たちは随分と遅れてしまったことが分かる。休日はフィエルと二人で黙々と座学に励むしかない。
学院の図書室で借りてきた参考書を並べ、ひたすら繰り返し読んで頭に叩き込んでいくのだ。特に、歴史というものは領主一族には必須の知識だ。楽しいものではなくても、避けて通ることはできない。
二年生で学ぶのはおおよそ五百年ほど前までだが、色々な偉人や犯罪者が色々なことをしている。新しいものから順に頭に入れていくのは一苦労だ。
「ティアリッテ、その参考書は終わりそうか?」
そう言ってくるフィエルの参考書は、開いているページからすると随分と残っているように見える。
「今日中には無理ですね、来週までには終わらせます。フィエルの方こそ大丈夫なのですか?」
「この参考書は今日中には終わらせたかったのだがな。何とか頑張ってみるが……」
講義がある日も、空き時間はそのほとんどを勉強に費やしている。それだけやってもハネシテゼとの差は縮まっているように感じない。ジョノミディスたちに引き離されないようにするのが精いっぱいなくらいだ。
なのに、またもや王宮から呼び出しがあった。
「その呼び出しにジョノミディス様やザクスネロ様のお名前はないのですか?」
わたし一人の名前だけが呼ばれ、私は思わず先生に質問してしまう。
苦笑いで「ティアリッテ・エーギノミーアの名前しかない」と否定されてしまったが、私は大変に不服である。
「そう簡単に王族から覚えてはもらえないよ。」
「ですが、私ばかり勉強時間を削られてしまうのは不公平ですわ。」
「第一王子殿下からの呼び出しをそのように受け取るのは貴方くらいのものですよ。」
先生に窘められてしまったが、それは私だけじゃない。以前にハネシテゼも「面倒だ」と頬を膨らませていたことは覚えている。
「ジョノミディス様も一緒に行きましょう。ブェレンザッハを差し置いてエーギノミーアがしゃしゃり出るのはとても心苦しいのです。」
第一王子もブェレンザッハ家も現王派だし、王兄派であるエーギノミーア家の私が呼び出されていくのはあまり好ましくない。派閥内での私への風当たりはだんだん厳しくなってきている。
第三王子なら同性である私の方が魔法を教えやすいという理由があったはずだが、男性である第一王子に魔法を教えるならば、フィエルやジョノミディスの方が良いだろう。
派閥を考えると、ジョノミディスが前面に出たほうが円滑に進むだろう。
「しかし、呼ばれてもいない僕が行く方が問題にならないか?」
「呼び出しの理由は魔法についてでしょうから、本来ならジョノミディス様やフィエルの方が良いはずなのです。最初に第三王子に呼ばれたのが私だったというだけで、私ばかりが呼ばれるのは理に適っていません。」
私が呼ばれてハネシテゼが呼ばれない理由は家柄の差だろう。そう考えると、侯爵家であるザクスネロを巻き込むのは難しい。派閥も違うし、そちらは問題しか起きなさそうな気がする。
何とか説得に成功し、半ば強引にジョノミディスとフィエルを連れて行くことが決まると、急いで寮に戻り、登城の支度をする。
今年四度目ともなれば、いい加減慣れたものだ。着替えを済ませ、髪を整え直すと上着を羽織って玄関に向かう。
城へは三人とも同じ馬車で向かうことになる。本来ならばジョノミディスは別になるはずなのだが、呼び出されているのが私一人なのだから仕方がない。
門で顔を見せるときも、呼ばれていないジョノミディスやフィエルが乗っていることにも何も言われずに通され、馬車を下りてからも特に何も言われず第一王子の執務室へと案内された。
扉の前に三人で跪いて待っていると扉が開けられていく。
「ティアリッテ・エーギノミーア、第一王子殿下の呼び出しに従い、参上いたしました。まことに勝手ながらジョノミディス・ブェレンザッハとフィエルナズサ・エーギノミーアの入室をお許しください。」
呼ばれていないジョノミディスやフィエルは自ら挨拶することができない。私がまず同行させたことを告げ、許可を得る必要がある。
「構わぬ。三人とも入るが良い。」
第一王子の許可は思ったよりもすぐに出て、ジョノミディスは軽く息を吐く。そういえば彼は王子の執務室にやってくるのは初めてだったかもしれない。緊張しないはずもないだろう。
私が扉から二歩入ったところで立ち止まるとジョノミディスもその横に並ぶ。フィエルは入室作法を教わっているので動きに迷いが無い。