074 雷光の魔法

「まず、どのような魔法なのか実際に見てみたい。」

第一王子に言われ、ハネシテゼと二人で的に向かい、右手を高く上へと伸ばす。と、騎士たちが一斉に動き、身構えるように私たちに向かう。

「それでは見えぬ。退いてくれ。」

第三王子は目の前に幾重にも並ぶ近衛たちに退くよう命じるが、騎士たちは「そのようなわけには参りません」と譲らない。

「其方らがそこにいても守りになどならぬ。そもそも彼女らに叛意があるならばとっくに事は済んでいる。」

今、そこに何事もなく立っているのだから、叛逆の意思などあるはずもない。そう繰り返し、王族の前を固めていた近衛たちは引き下がっていった。

「ティアリッテ、全ての的を同時に狙えますか?」

「十四程度なら問題ありません。」

「では、いきますよ。」

ハネシテゼの合図で、私は腕を振り下ろし雷光を放つ。

訓練場に閃光が走り、破裂音が重なる。威力は抑えてはいるものの、二人で同時に雷光の魔法を使えば光も音もかなりのものになる。

周囲を壁に囲まれた訓練場では音は響き渡る。

だが、それも一瞬のことだ。雷光の魔法には持続時間というものがない。余韻も何もなく、光も音も消える。

「なんだ、それは……」

第一王子が掠れた声を出すが、そのような質問をされても困る。

「わたしはこれを雷光の魔法と呼んでいます。わたしの知る限り、対生物の殺傷力は最も高い魔法でございます。」

ハネシテゼは淡々と答えるが、第一王子としても、そんなことを聞きたいのではないだろう。

「敵を殺すことに特化した魔法ですので、殺さずに捕らえる必要がある場合には使えません。命中させればほぼ間違いなく死にますから。」

補足の説明が物凄く物騒だ。そんなことは言わなくても良いような気がするが、ハネシテゼはそれを言うことで相手がどのような印象を持つかを考えない。

「ハネシテゼ様、魔力消費が少ないことの説明の方が先かと思います。」

「あら、そうなのですか? 王族の方々は魔力も高いと聞きますし、そこはあまり重要とは思っていませんでした。」

ハネシテゼが言うと嫌味にしか聞こえない。すくなくとも第三王子よりハネシテゼの魔力の方が上だろう。

「魔力消費が少ない、とはどの程度だ?」

「さきほどお見せしたていどで、小さな火球一発分ほどです。この程度の。」

言いながらハネシテゼは軽く手を振り、飛んでいった小さな火の玉が的に当たりポンッと音を立てる。

「待ちなさい。それは少なすぎであろう。」

「第一王子殿下、決して大袈裟に言っているわけではございません。魔力制御はとても難しく複雑ですが、消費する魔力は圧倒的に少ないのです。」

「つまりそれは、威力を上げやすいということか?」

「先ほど申しましたように、威力を上げる必要なんてございませんよ。」

基本的に一撃で倒すことができるのだから、威力そのものを高める必要はあまりない。以前にハネシテゼは全てを粉々にする威力で雷光の魔法を使ったことがあったが、あんなことをする方が珍しい。

「先ほどは複数の的を一度に狙いましたが、雷光の魔法は、一本の雷光で一匹の敵を倒すのが最小なのです。これを増やしていこうとすれば、その分だけ魔力を使うことになります。」

「ほう。それで貴方きほうらはどの程度の数を同時に撃てるのだ?」

「私は二十程度でございます。」

「わたしは……、五十程度でしょうか。」

ハネシテゼの言葉に、近衛たちがざっと音を立てて身構える。まとめて皆殺しにできる、と受け取れるとはいえ、一々反応しすぎだ。王の暗殺など、いままでどれほど機会があったと思っているのだろうか。

「ぜひ、伝授願いたい。」

「ええと、もう一度お見せすればよろしいのでしょうか?」

「そうではなく、通常の方法はできないのですか?」

「できないというより、意味がないと言った方が正しいかと思います。」

返答に困ったハネシテゼに替わり、デォフナハ男爵が答える。

「雷光の魔法は他の魔法とは比較にならないほど複雑怪奇な魔力の制御が必要なのです。それができなければ何の意味もありません。下手をすれば、何をしているのかも分からない可能性があります。」

デォフナハ男爵は、いずれ近いうちに王子たちに雷光の魔法を教えることになるだろうと予測し、一般的な魔法の教え方というものをハネシテゼに教えたのだと言う。

その結果、炎や水の魔法ならば、問題なく教えることはできるようになった。

「結局、雷光の魔法はハネシテゼ方式でしか習得することができなかったのです。理由は簡単で、私には扱うだけの力量が無かったというだけのことです。怪我をしてまで私の手を通して魔法を使わせたのに、何をしているのかすら分かりませんでしたから。」

デォフナハ男爵が説明するも、国王も王子たちも不満そうに眉をひそめる。

「ええと、こうしてみれば分かるでしょうか。」

私はふと思いついて、魔力の玉を右手のひらの上に浮かべる。そしてくるくると手の周囲を回しながら数を増やしていく。

縦に回るもの、横に回るもの、その間を縦横無尽に動きまわるもの。魔力球の軌跡が紋様を描くように制御する。一年前は苦労したものだが、今となってはこの程度なら何の問題もない。

「ティアリッテ、手は上を向けておいた方が良いです。間違って魔法が発動すると危険ですから。」

ハネシテゼの指摘を受け、私は右手を高く天に向けて伸ばす。その周囲は描かれた紋様がはっきりと赤く輝く。

「最低限でこれができなければ、雷光の魔法は使えません。幾つもの方向に魔力を動かし巡らせる必要があるのです。」

魔力を回収しながらそう説明するも、王子たちはまだ納得がいかないといった表情である。だが、王子たちが何と言おうとも、雷光の魔法の習得はとても難しい。

「デォフナハ卿よ、其方はどのくらいでできるようになったのだ?」

「私は一月ほどは訓練しましたよ。朝から晩まで訓練していればもっとはやく習得できるでしょうが、それほど暇ではございませんでしょう?」

毎日朝晩、着替える前に一、二分は取れるだろうし、行儀を気にしなければ食事の前後の時間でも訓練はできる。

「まさか、そこまでとは思わなかったな。」

「魔力の操作ができるようになったらお呼びください。春までの間でしたら、魔法の手本をお見せします。」

雪どけの季節までは、まだ三ヶ月以上もある。それまでの間には、王子たちも必要な魔力制御ができるようになるだろう。

「訓練の方法は、先ほど、会議室でやったやり方しかないのか?」

「水を使うとなると、訓練できる時間や場所がかなり限定されてしまう。何かの合間にできることがあるならば教えてもらいたい。」

「魔力の塊を自在に飛ばす訓練もありますが、こちらはとても印象が悪いらしいのです。」

ハネシテゼは人ごとのように言うが、それはいつも「魔獣の術」とそしりを受けているものだ。好ましく思わない者がいる前でやる事でもないだろう。

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