072 王子からの呼び出し
パーティーは何ごともなく終わった。
細かいことを言えば色々あったが、昨年ほどの大ごとはない。大人たちに囲まれている時間が長かったのは頭とお腹が痛くなる思いではあったが、その分だけ、学年が上の子に絡まれることもなかった。
だが、私にとっての難題は、この後にやってくることが確定している。
畑の管理に関して、第一王子から実務的な話を聞きたいとやってくるのは間違いないだろうが、そちらは大した問題ではない。フィエルや文官たちも同席させることができるだろうし、それまでに資料をある程度まとめておくこともできる。
「ティアリッテ・エーギノミーア、第三王子がお呼び出しです。この講義の後、王宮に参じるように。講義および午後の演習は特別欠課とします。」
算術の講義の際にミャオジーク先生に告げられ、私は小さく嘆息する。ハネシテゼを呼び出せばいいのに、どうして私なのか。
講義が終わると大急ぎで自室へ戻り、側仕えや使用人たちに指示を出す。王子からの呼び出しは昨年もあったので、みんな迷わずに動きだす。
手早く着替えを済ませると側仕えとともに部屋を出る。面会は午後からとは言われなかったのだ。のんびりと湯浴みをしているわけにもいかないだろう。
手配されている馬車に乗り、王宮へと向かう。
「今年は何のご用件なのでしょうね?」
「私の魔法を教えてほしいのでしょう。正しくはハネシテゼ様の魔法なのですけれども。」
それなのに、なぜか私に求めてくる。確かに私は昨年、炎雷の魔法を教えたという実績があるが、あれは例外的な措置のはずだ。前例として数えないでほしい。
一度、王宮の門で馬車は止まり、顔を見せてから中へと入る。その辺りの手順は昨年と同じだ。馬車を下りると、城の使用人に案内されて廊下を歩いていく。
案内されていくところは、おそらく、昨年と同じ場所だ。城の廊下はどこも似たような作りだが、たぶん、同じところを歩いていると思う。
「エーギノミーア令嬢をお連れしました。ティアリッテ殿、こちらで王子殿下がお待ちでございます。」
使用人が告げると、扉の前に立つ近衛は一度室内に確認してから扉を開ける。扉が開き切るまでは私は跪き、そのまま不動を保つ。
「ティアリッテ・エーギノミーア、第三王子殿下の呼び出しに従い、参上いたしました。」
「入るが良い。」
第三王子に言われ、私は立ち上がる。そのまま前に進み出て扉から二歩のところで立ち止まる。
「そこに掛けてくれ。」
私が跪く前に第三王子は横手のソファを指して言う。
せっかく入室作法について練習しておいたのに、最後までやらせてくれないらしい。私がソファに座ると、王子も正面にやってくる。
「さて、用件は分かっていると思う。其方の魔法を教えてほしい。報酬は何が良い? 爵位か? 金銭の方が良いか?」
「先日も申し上げましたように、私にはできません。」
「できぬことはあるまい? 使いこなしていると聞いたぞ?」
「手本をお見せすることはできますが、私にできるのはそこまでです。」
雷光の魔法は、他の魔法に比べて難易度が遥かに高い。必要な魔力量が多いだけの魔法とは違うのだ。とてもではないが、他人の腕を通して雷光の魔法を放つなどできることではない。
「私も魔法を教える練習はしたのです。ハネシテゼ様に教わった別の魔法は姉や母に教えることができましたが、雷光の魔法は使うことができませんでした。今の私の力量では、他者の腕を通して雷光の魔法を使うこと自体ができないのです。」
「そのようなことがあるのか?」
「殿下は私を買いかぶりすぎです。力が及ばないことをやれと命じられても、できないものはできません。」
それが私に言える精いっぱいだ。第三王子はしばらく黙って睨むように見ていたが、大きく息を吐き視線を落とした。
「本当にできぬのか。ならば仕方があるまい。ハネシテゼ・ツァールより教わった方法で良い。それならばできるだろう?」
「それならば私にもできますが、例のお話は片付いたのですか? 私の身の安全は保障されるのでしょうか?」
「心配いらない。ドゥハラック、呼んできてくれ。」
第三王子に命じられ、何人かの使用人たちが部屋を出ていった。一体、誰を呼びにいったのかと思っていたが、意外と早くやってきた。
「話は上手くまとまったのか? ピエナティゼよ。」
部屋に入って来たのは第一王子と第二王子だった。
ちょっと待ってほしい。こんな時はどのように対応すれば良いのか聞いていない。とにかく挨拶もせずにソファに座ったままでいるのは良くない。
だが、立ち上がってしまって良いのだろうか? どこに跪けばいいのだろう? 挨拶の言葉は何が適切だろう?
分からないことだらけで半ば混乱しながらソファの前に跪くと、第一王子が笑いながら声を上げた。
「固くならずとも良い。貴方はこれから我らの師となるのだからな。」
ちょっと待ってほしい。第三王子だけではなく、第一王子や第二王子にまで魔法を教えるなんて全く想定していない。
「私一人だけに教えればどんな謗りを受けるか分からないという不安は理解できる。下手をすれば私すらも排除されかねない危ういことだということも理解した。」
「だが、我々三人ともが習得してしまえば、魔獣の術など非難することはできまい。」
「案ずるな。午後からは父や母も参加する。私の妻もだ。」
そう笑顔で言われても、全く安心できる要素がない。
王子たちの言葉に、私は気が遠くなりそうだった。
「ハネシテゼ・ツァールも午後からは来るはずだ。其方の父や母も呼んだほうが良いか?」
これでも、一応、未成年であることに配慮してくれているらしい。だが、そんなのは今更だろう。今、この場に父も母もいない時点で、私にはもはや選択肢は残されていない。「お願いします」と答えるだけだ。
「では、早速教えてくれ。畑に魔力を撒くのにも必要な技術なのだろう?」
「分かりました。水の入った器をご用意いただけますか? ティーカップのようなもので構いません。」
水に魔力を詰めるところから始めるのが一番やりやすいはずだ。空中で集中させるよりも、明確な対象があった方が分かりやすい。
「お茶で良いのか?」
「お茶で訓練するのは、決して行儀が良いとは言えません。王族にそんなことをやらせたとなっては、私が叱られてしまいます。」
私がそう答えると、第三王子は使用人に言って、お茶とは別にティーカップを人数分用意させる。私の前にも一つ置かれ、水が注がれた。
「この水に魔力を詰め込んでいきます。そうすると、水を操れるようになるのですが、その水ごと畑に魔力を撒くことになります。」
畑に水を撒くのはまだ先の話だ。まずは、水に魔力を詰めていき、それを再び回収できるようになるのが第一段階だ。
手本として私がカップの水に魔力を詰めていくと、次第に赤く輝きだす。私にとっては既にいつものことなのだが、王子たちにとってはそうではない。
「まるで燃えているようだな。熱くはならないのか?」
「熱はありません。これを畑に撒くときは、本当に炎が降り注ぐかのように見えるのですが、触れても火傷をするようなことはありません。」
ただし、魔力の低い平民は注意が必要だ。誰にでも、どんな生き物にも魔力を受けられる許容量というものがある。それを超えて魔力を受けると、速やかに死に至る。
「魔力が低い農民は、許容量が小さいということかい?」
「試したことはないですが、可能性が高いということでございます。」
そんなことのために農民を犠牲になどするつもりはない。私の農民は大事な配下なのだ。
「なるほど、そういうことか。それが魔獣の術というのは間違いなさそうだな。」
第一王子の言葉に、私はどきりとした。今までは真偽のほどが分からない噂話程度だったのが、確定的になったのだ。それで態度が変わることも考えられる。
「今、其方にそれを叩きつけられたら、私たちは為す術なく殺されてしまうわけだな。」
「そんなことをすれば、私の命もありません。その後、逃げ切れるほどの力など私には無いのですから。」
だから、そんなことをするつもりはないと強く訴えておかねばならない。
私に反逆の意思なんてないのだ。そこだけはちゃんと理解しておいてもらわなければ困る。
とりあえず、魔力を詰め込んで、それを回収するところまで手本を見せたら、王子たちにもやってもらう。魔力の回収は難しいが、詰め込むのは比較的簡単だ。少なくとも私たちは、やってみたらすぐにできた。
「指先に魔力を集めてそれを水に押し込んでいけば良いだけです。指先で水に触れればすぐに感覚は掴めると思います。」
王子たちが三人もそろって、真剣な顔でティーカップの水を指先で突いている姿は奇異なものだ。だが、私には笑うことは許されない。今笑ったら、大変な罰を受けることになるだろう。