064 杖の製作

休日は一週に一日だけだ。

いつもならお茶会を開いたり、呼ばれていったりすることが多いのだが、今日は杖の作成のために調薬の実習室を借りている。

「モロジュンの根は泥をきれいに落としたら細かく切ってすり潰していきます。」

ハネシテゼの説明で、わたしたちは作業にとりかかる。土を落とすと、モロジュンの根は薄紅の綺麗な色をしていた。私は既に根もツノも綺麗に洗ってあるので、ナイフで細かく器に切り入れていく。

切り方は、ハネシテゼがニンジンを使って説明してくれる。

根はひと抱えほどもあるので、テキパキと進めなければ今日中に終わらない。軟らかい部分は板の上に置いて切り刻み、硬い部分は手に持って、削るようにして切っていく。

何十本も切っていれば、器は山盛りのモロジュンでいっぱいになる。

それをすり鉢に少しずつ入れて潰していくのが次の作業だ。

「すり潰して、魔力を籠めながら練っていると色が黄に変わっていきます。練るのはまとめてやってしまった方が楽なので、ある程度黄色味が出てきたら大きめの器に移してください。」

思っていた以上に根気のいる作業だ。だが、自分の魔力をとにかく練り込んでいく作業は、他の誰にも任せられない。従者や下人にやらせたら、間違いなく失敗すると言われたら頑張るしかない。

ナイフで根を切り刻むところから既に「公爵家の子息のすることではない」と側仕えたちは不愉快そうにしているが、私はどうしても魔法の杖が欲しいのだから仕方がないだろう。

暇つぶしとして、ハネシテゼが歴史書を読み上げてくれるが、正直、頭には入ってこない。魔力を籠めながらすり潰すにもある程度の集中力は必要なのだ。

正午の鐘が鳴る少し前にやっと全部すり潰し終わって、簡単に作業台を片付けると昼食へと向かう。ハネシテゼたちとは別だが、フィエルとは一緒である。

別々に専属を持てるほど料理人には余裕がない。食糧が不足がちな昨今では、若い料理人の教育も難しいらしい。

二人で向かい合ってテーブルにつくと、すぐに料理は運ばれてくる。

「結構大変な作業なのですね。」

スープを一口飲んで、私は少々愚痴っぽい呟きを口にする。調薬は三年生からの専門課程で習うことだし、具体的にどのようなことをするのかは聞いてもいなかったのだ。

「父上や母上の杖は金貨何百枚もするのだ。それとは違うものとはいえ、楽であるはずがないであろう。」

「難易度の高い加工技術を要求されるものでも、高価になるでしょう?」

「ハネシテゼも自分で作っているのだ。そう難しい技術は必要ないだろう?」

「そうかしら? 私は雷光の魔法はとても難しいと思うけれど。」

炎雷の魔法は一度見ただけで真似することができたが、雷光の魔法は一度見ただけでは何をしているのか分からなかったぐらいだ。

試しに使ってみたときも、『真似することができた』とは到底いえないほどのできだった。

私の呟きに、フィエルは「そんなことは想定済みだ」と言わんばかりに胸を張る。

「兄上たちはあれをするかな……?」

「杖は欲しがるでしょうけれど、実際に自分で作ろうとするかは分かりませんね。」

ハネシテゼとジョノミディスは長子だが、ザクスネロは上に二人いるはずだ。作った本人にしか使えないという特性上、取り上げられることはないだろうが、兄たちの分も作れと言われるのは想像に難くない。

作った本人のものになってしまうと説明したら納得してくれるだろうか。対応のしかたは考えておかねばならないだろう。

昼食後は、軽く休憩を取った後に再び実習室に向かう。

ハネシテゼは早めに来ていたようで、実習室の鍵は開いていた。

「ごきげんよう、ハネシテゼ様。随分と早いのですね。」

「ごきげんよう、ティアリッテ様、フィエルナズサ様。休日の午後は勉強以外にすることがないですからね。」

そう言って、ハネシテゼは持ってきた本を見せる。本当に勉強熱心なことだ。

普段の休日ならば、そのまま雑談に花を咲かせるところだが、今日はそんなことをしている暇はない。

「これに魔力を籠めていけば良いのですか?」

「ええ、色の変化がなくなるまで、かき混ぜるというか、練りながら魔力を籠めていってください。」

私の器の中身は、まだらだいだい色だ。まず、均一になるように混ぜてから、少しずつ魔力を籠めていく。

自分の器をかき混ぜているとジョノミディスとザクスネロもやってきて、作業を再開する。

魔力を籠めていると、会話している余裕がなくなってしまう。挨拶されれば返しはするが、それ以上の会話はない。

魔力を籠めていくと、すり潰した草の根モロジュンは色を変えて輝くような黄色になる。

「これ以上は変わらないようだ。」

「私も変わっているようには見えません。」

「では、布で濾していきます。このように包んで鍋に絞ってください。」

ハネシテゼは潰したニンジンで手本を見せてくれる。何故ニンジンを使うのかは分からないが、そこは本質的なことではないし気にしなくて良いだろう。

鍋に濾し布を乗せ、その上に器から黄色のドロドロを注いでいく。半分ほど注いだところで一度布の端を持って、ギュッと絞り上げる。

力を少し入れれば、キラキラ光る黄色の液体が滲み出てきて鍋の中に溜まっていく。布の中に残りのドロドロを入れてぎゅうぎゅうと絞る。

「残り滓は別のことに使えるので捨てずに取っておくと良いですよ。杖を作るのに使うのはこちらの液です。」

黄色の液に同程度の量の水を加え、鍋を火にかける。弱火で加熱している間に、ツノの加工を始めるらしい。

「ナイフやヤスリで削って、杖の形にします。後の工程で半分ほどに縮むので、大きく作ってください。特に、細すぎると途中で折れます。」

ツノは比較的真っ直ぐな形状なので、まず、表面のガタガタをきれいに滑らかにしていく。根元の一番太いところをどうするかだ。

おおよそ、私の腕くらいの太さはある。半分に縮んだとしても太すぎるだろう。何度も全体的な大きさを見ながら形を整えていく。

その間にも、鍋の方は煮たって湯気を上げる。それとともに、甘い匂いが漂ってくる。

「随分と美味しそうな匂いがするのですね。」

「飲んだら毒ですよ。舐めるのもやめたほうが良いです。」

どんな味がするのか舐めて見ようかと思っていたら、見透かしたように警告されてしまった。もしかして、ハネシテゼはこれを舐めたことがあるのだろうか。

聞いてみると、そもそもモロジュンは毒草なのだとか。シカなどの獣もこれを食べようとはしないらしい。

良い匂いがするだけに、食べられないとは残念である。

三時間ほど頑張っていれば、ツノだったものは、まっすぐな棒になった。もう、夕食の時間になってしまうので今日の作業は終わりだが、ハネシテゼは予定通りだと言う。

「その棒に、モロジュンの液を塗ります。一週間かけて、毎日朝晩、少しずつ魔力を馴染ませていくのです。」

そして、最後に、プノミユの樹液を塗って軽く焼けば完成するということだ。

鍋と棒は持ち帰り、次の休日までは自室で作業を進め、来週はまた集まって仕上げをするという段取りになる。

部屋に戻り、刷毛はけを使って棒に黄色い液を塗ってみると、染みこんでいくようにすうっと消えていく。

どれほど塗れば良いのか分からないが、ハネシテゼは少しずつ馴染ませると言っていたし、二回だけ塗って棚にしまっておく。

「これには誰も触れないでください。私の魔力だけで仕上げなければ、台無しになってしまいますから。」

他の人の魔力が混じると魔法の杖として役に立たなくなってしまうのだと、側仕えたちにはしっかりと言っておかねばならない。

これまでの苦労を水の泡と化されては堪らない。

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