055 合同演習(8)
農村に行き、村周辺の魔物の状況を聞けばすぐに、西の森で魔物が増えて困っているという情報は得られた。
その西の森は、畑の向こう側ということで、それほど遠くはない。
畑の中を通る道は狭く、馬を横に並べるのも難しいくらいだ。一列縦隊で進んでいき、森に当たると南に折れて森の縁に沿ってさらに歩く。
「野営するにはあの辺りが良さそうですね。」
周囲を見回してハネシテゼが言うが、どうにも森周辺には魔物の気配が多い。今のところ、こちらに飛びかかってくるようなものはいないが、安心して寝ていられる場所ではないだろう。
「周辺の魔物退治を行います。安心して寝られるよう、周辺全て狩り尽くしますよ。」
ハネシテゼは当たり前のように言うが、みんなかなり疲れている。こんな状態で魔物退治が上手くいくのか心配だ。
「二年生第一班と第二班、それと五年生はここでお願いします。二年生第三班以下は私と一緒にもう少し先でやります。」
隊をザックリと二つに分けると、片方を引き連れてハネシテゼはさっさと行ってしまう。
「日があるうちにやってしまおう。」
「そうだな。このままでは寝てもいられないだろう。早く片付けなければ。」
そう言ってジョノミディスとフィエルは馬を下りると、桶に水を注いで馬に与える。
「魔物退治をするのではないのか?」
「早く森に行かねば暗くなってしまうぞ?」
私とザクスネロも馬を下りると、五年生たちは怪訝そうな顔を向けてくる。
「ハネシテゼ様が仰ったように、魔物退治はここで行います。馬はそちらで休ませておいてください。」
「魔物は森の中にいるのだろう?」
「誘き出します。森に入るのは、全て退治した後です。」
それでも納得がいかなさそうなので「やり方の見本を見せるから下がっていてください」と、魔物退治に支障が出ないように退かせる。
睨まれたりしているが、今はそれを気にしている場合でもない。
私とフィエルは雷光の魔法に集中し、ジョノミディスとザクスネロに魔力の玉を放ってもらう。
森の魔物たちはすぐに反応して、ザワザワガサガサと一気に騒がしくなる。一番に出てきたのは、樹上から飛び降りてきたサルだ。さらにネズミやヘビといった魔獣、足が無数に生えたムカデのような魔虫が続々と姿を現す。
「いくぞ!」
まず最初にフィエルが雷光を放ち、私たちに迫りつつあった猿の群れを一掃する。その後ろからやってくる大量の魔物も、私の雷光の魔法が貫き黙らせる。
最初の二発で数十を倒すのはもはや恒例のことと化してきている。
魔物はまだまだ出てくるが、ジョノミディスの水が押し潰し、ザクスネロの爆炎が吹き飛ばす。
折り重なるように倒れている魔物の死体の中心に向けて魔力の玉を放ってやれば、魔物たちはそこを目掛けてやってくる。
「このように、できるだけ同じ場所で倒していくのです。散らばってしまうと焼くのがとても大変ですから。」
「ある程度引きつけて、一気に叩くと効率よく倒せます。落ち着いて、よく狙って撃ってください。」
五年生や第二班に説明してやると、彼らも魔法での応戦を始める。疲れているとは言っても、まだ、二、三回は魔法を放てるだろう。
それが五十人ほどもいれば、百を超える回数の攻撃ができる計算である。
「一体、どうやって誘き寄せているのですか?」
炎の槍を魔虫の群れの真ん中に突き刺した五年生が少し後ろに下がりながら聞いてくる。
「魔力を魔法にせずに放り投げると、魔物はそれに寄ってきます。魔力を多く含む肉は魔物の好物ですから、死体に魔力を注ぐと格好のエサになるのです。」
以前、ハネシテゼに教えられたそのままのなのだが、私の説明を聞いて、質問してきた五年生は周囲の者たちと一緒に困ったように眉を歪める。
「魔力を畑に撒くことで実りが良くなることは間違いないと分かりましたから、練習すると良いですよ。」
「魔力を撒くのですか? このように魔物が集まってくるのではありませんか?」
追加でした説明に合点がいかないようで、周囲の者たちは一様に首を傾げる。
だが、何も不思議なことはない。春先には魔力を撒いて、出てきた魔物を徹底的に潰していくという作業が必要になるのだ。
そう言うと彼らは残念そうに首を横に振る。
「私たちにはそれほどの魔力がありません。それができる魔力量が羨ましいです。」
五年生はそう言うが、一年前の私と今の彼らを比べると、大した差はないように思う。
「毎日、立って歩けなくなるほどまで魔力を撒いていれば、嫌でも魔力量は伸びますよ。あのハネシテゼ様もそうしてきたはずです。」
必死に訓練を繰り返せば、彼らだって魔力を伸ばすことはできるはずだ。年齢的には伸び盛りを過ぎるが、まだ止まってしまうには早い。
晩熟の人だと、成人を過ぎて二十歳くらいまでは身長も魔力も伸びるという。早熟だと成人となる十四歳くらいで止まってしまうが、それもまた極端だ。
「普通に考えれば、あと一、二年は伸びるはずです。努力せずに諦めてしまったら、そのままでしょうけれど……」
「ティア、そろそろ火をかけても良いのではないか?」
頃合いを計っていたのか、フィエルが割って入ってきた。彼の指差す方を見ると、なるほど、魔物の死体が山となっている。
魔物退治はまだまだ続いているし、あまり長々と話し込んでしまうわけにもいかない。
「そうですね。焼き始めましょうか。しかし、随分と多いですね。まだ終わりそうにないですよ?」
「あの村の者たちが、魔物が増えて困っているといっていたが、これ程とはな。」
こちらも人数に任せてどんどん魔法を放ち、魔物を倒していっているのだが、森の奥からはギャアギャアという鳴き声とともに、大量の魔物が涌き出てくる。
とりあえず、雷光の魔法で数十の魔物を一気に仕留めて、さらに炎の帯の準備に入る。
「魔物の死体を燃やし始める。これより中央への水魔法は避けてくれ!」
ジョノミディスが指示を出すと、中央部分への火魔法が一気に増える。そこに私とザクスネロの炎の帯が突き刺さる。
半ば山と化した魔物の死体は中の方から煙を上げ始める。外側から焼くよりも、中の方に火を押し込んだほうが焼けるのは早い。
魔物の肉が焼ける臭いが鼻を衝くが、これに関してはどうすることもできない。早めに焼き始めたら、寝るまでに薄まってくれることを期待するだけだ。
その後もひたすら魔物を倒し続けて、やっと途切れたのは陽が大きく傾いてからだった。
「やっと終わったぞ。」
「もう出てこないだろうな……」
五年生たちも疲れたように言うが、残念ながら、まだいる。大きいのが一匹、木に隠れながらこちらの様子を窺っている。
「誰か、魔力を撒いてみてくれませんか?」
五年生や第二班の者たちに声をかけてみるが、快い返事はない。仕方がないので私がやるかと魔力を集中させていたら、「向こうから何か来るぞ!」という大声に中断された。
「どこだ! 方角を言ってくれ!」
「東……、南東の方から獣らしきものが近づいてきます!」
報告に振り向いてみると、たしかに獣の一団がこちらに近づいてきている。
「魔物ではなさそうだな。」
「家畜かもしれませんね。」
近くの村で放し飼いにしている家畜ならば、特段の害はないだろう。
「向こうから攻撃してくる態度を見せない限り、放っておいて構わないでしょう。」
それよりも今は森の中に隠れている魔物だ。こちらはいつ襲いかかってくるか分からない。
あれを退治するために森の中に入りたくはない。向こうはむしろそれを待っているのだろう。自分に有利なところで戦った方が良いに決まっている。
「どうにか誘き出せないでしょうか?」
「僕がやろう。」
ジョノミディスたちと、そう話をしていると視界の端に何か丸い動くものが映った。何かと思ったら、先程の獣である。
危ないし逃した方が良いのかと余所見をしていたら、既にジョノミディスが魔力の玉を放り投げていた。
そして、次の瞬間、全く想像していないことが起こった。
白くて丸い獣たちが、一斉に森に向けて魔力の玉を放ったのだ。