054 合同演習(7)
風に包み込まれて、山と積まれた魔物の死体は勢いよく炎を吹き上げる。そこにさらに炎の魔法が追加されると、とても人が近づけないほどの勢いで燃え盛る。
その後、何度か炎を継ぎ足していくと、数分で魔物の死体は原型を完全に失い、黒焦げの残骸と化している。
「これくらいで良いでしょう」
そう言いながら、ハネシテゼは枯れ枝を放り込んでみる。それほど強く投げ込んだわけでもないのに、所々が赤く燃える黒い塊は割と簡単に形が崩れて灰が舞い上がる。
確かに、これ以上頑張って焼かなくても周囲への害はないだろう。丁寧に水魔法を使って火を消して、出発の準備に取りかかる。
「さて、野営の候補地に心当たりがある方はいらっしゃいますか?」
ハネシテゼは声を上げて問いかけてみるが、誰からも返答はない。ならば、帰り道を歩きながら探すしかないだろう。
「出発しますよ。みなさん、整列してください。」
ハネシテゼの指示で二年生は動くが、五年生の方は整列しようともしない者たちが多い。年下の指示を聞きたくないというのは分からなくもないが、ここで意地を張ってどうするのだろう?
王都に帰らなければ食事もベッドもない。今からでは閉門には間に合わなくとも、開門後、すぐに入れるところに野営した方が良いのではないかと私は思っている。
彼らをどうしようかとも思ったが、ハネシテゼは委細構わず出発した。私たちもそれに続けば、他の二年生も後ろについてくる。五年生がその後からでもついてこなくても、それは私たちのせいじゃないだろう。
だが、そう心配することもなく、五年生たちはついてきていたようだ。休憩の際に姿を見かけたと思ったら、突然、集合をかけて皆を急かし始めた。
「そなたら、こんなところで休憩をしている場合ではないぞ。もう陽は傾いてきているのだ、急がねば門が閉まってしまう。さあ、行くぞ!」
何やら大声で「早くしろ」「急げ」と叫ぶが、私には今から間に合うとは思えない。馬は休ませなければ走れないのだ。
「どう思いますか、ハネシテゼ様。今から駆けて間に合うのでしょうか?」
「無理ですね。途中で馬がダメになってしまいます。飛びぬけて優秀な馬ならばあるいは間に合うかもしれませんが、この中に一頭いれば良いだろうなという程度でしょうね。」
ザクスネロも訝し気にハネシテゼに確認してみるが、やはり結論は同じだった。フィエルとジョノミディスも「無茶はしない方が良い」と私たちの意見は一致した。
「今からでは閉門に間に合わぬ。無茶をするより体力を温存しながら進んだ方が良い。」
「誰も準備をしておらぬ野営をする方が無茶であろう!」
「体力を使い果たして、その上で間に合わなかったら命に係わります。すくなくとも、全員が間に合う手段はありません。」
焦ったように大声を上げる五年生とは対照的にジョノミディスは冷静だ。今とれる選択肢と、その結果起こるであろうことを一つひとつ説明していく。
「二年生が偉そうに分かったようなことを言うな! そなたらは、ほんの近場でしか魔物退治を経験していないであろう!」
「毎年、春先には二週間ほど野営しながら領内の魔物を退治してまわりますけれども……」
そんなハネシテゼは例外すぎるが、私とフィエルも先日、一週間ほどかけて遠征には行っている。馬が一日にどれくらい進めるかも分かっているつもりだ。
「休憩を取りながら王都に向けて進み、野営の場所を探します。一分後に出発いたします。」
ハネシテゼがそう宣言して、話はそれで終わる。一番後ろの人は、先刻休憩場所に到着したばかりだが、全部で二百人ほどいるので、先頭が出発してから最後尾が出発するまで一分以上の時間がかかる。その間に休憩していれば良いだろう。
だがそれでも尚、五年生は私たちと同時に出発準備を始めて、さっさと出ていってしまった。休憩も取らずに馬が大丈夫なのか心配であるが、続々と五年生が出ていってしまうのだからしかたがない。
無理しても良いことなどないのに、どうしても見栄を張りたいようだ。
だが、休憩も取ろうとせずに進み続けようとするのはやりすぎだろう。どう見ても馬がバテてきているのに、彼らはもっと歩けと手綱を引くのだ。
「五年生、止まりなさい! 休憩にいたします。」
ハネシテゼが大声を上げ、五年生の列の後ろの十数名が困惑表情で振り返る。そして、騒めきが伝わっていくが、列の前の方は止まろうともせずにどんどん進んでいってしまう。
だが、それでも後ろ半分ほどはそれについていくのを諦めたようで、こちら側に合流してきた。
「この辺りは草が少ないですが、仕方がありません。水だけでも飲ませなければ馬が潰れてしまいます。」
実際、馬は苦しそうに息を荒くしているし、少しは休ませてやらないと可哀想だ。桶を下ろして水を注ぎ、さらに下級貴族のところに行って水魔法を使ってやる。
彼らと私たちでは、根本的な魔力量が違う。普通の男爵の子息たちは、魔力が尽きかけているのがほとんどだ。そもそもとして、彼らが魔物退治の帰途で水魔法も使えなくなるのは想定の範囲内だ。
五年生の方に目を向けると、彼らは下級貴族といえども水を汲む程度の魔力は残っているようで、それぞれが自分の馬に水を与えている。
そんな彼らのところに行き、ハネシテゼは心底不思議そうな顔で質問をする。
「どうしても年下の指示には従いたくないのでしょうか? それともわたしの指示には従いたくないのでしょうか? 一体、何がそんなに不満なのですか?」
そのように思い切り直截的に尋ねられても返答に窮するだけだと思う。彼らにとっては下手なことを言ってしまい、不興を買う方が余程怖いだろう。
「ハネシテゼ様、それではダメです。相手が話しやすいよう言葉を選ばなければ必要な情報は得られません。」
ジョノミディスはそう諭すが、ハネシテゼは良く分からないとばかりに首を傾げる。
「ここに残ったのは、五年生の中でも下位の者たちでしょう。彼らとしては、デュオナール子息を蔑ろにすることは避けたいでしょう。」
問題はその、五年生首席だ。ジョノミディスの言葉にも耳を傾けるつもりがなかったようだし、二年生にあれこれ言われたくないのだろう。
大人になれば年下に仕えることだってあるのに、そんなので大丈夫なのだろうか? 少し心配になってしまうが、それは今はどうでも良い。
「それよりも、野営場所をはやく探したいです。できれば草が多く残っているところが良いんですが、街道の近くだともう残っていないのでしょうか? 五年生なら心当たりがある人もいるのではありませんか?」
彼らは合同演習で何度も王都周辺で魔物退治をしているはずだ。野営に向きそうな場所をいくつか知っている人がいてもいいはずだ。
「今までは専ら西や南に行っていたので、北側はあまり知らぬのだ。」
というとても残念な返答しかこなかった。
「では、村の位置はわかりますか?」
だが、それでも五年生たちは首を横に振る。魔物退治の際に村に立ち寄ったことは一度もなく、道が分かれていることから村の存在は知っていても規模や位置までは把握していないらしい。
「では、次の横道で行ってみましょう。」
「農村で何をするのですか? この人数は泊まれないと思いますが……」
「どこに魔物が多いかを訊くのですよ。」
野営地を探しているのに、何故魔物が多い場所を訊くのか。いつもながら、ハネシテゼの考えていることはよく分からない。