051 合同演習(4)
「行ってみれば良いんじゃないかい? 五百もの魔物を退治したのなら、死体が残っているはずだ。彼らは森の外で魔物を退治したと言うのだから、そんなに時間も掛からないだろう?」
奥から出てきた五年生がそう提案するが、どうにも話が噛み合っていない。魔物の死体なんて、大半が炭と灰になっている。
「魔物を焼いた跡なら残っていますから、案内しますよ。」
「証拠を消して大口を叩くとは、随分とやり方が小賢しいな。」
鼻を鳴らしてバカにしたように言う者がいるが、本当に知らないのだろうか? 五年生になってもそんなことも学ばないのだろうか?
「魔物の死体は焼き払うものだろう。放っておけば毒になる。森にとって良いものではないはずだ。まさか、あなた方は魔物を放置してきたのですか?」
ジョノミディスの言葉に、五年生たちにどよめきが広がる。
「森の中では火は使えぬ……!」
「ですから、誘き出した方が早いと言っているでしょう? 森に入る選択をしたのはあなたたちなのですから、責任もって魔物をここに運び出してきてください。」
「そんなことをしていたら、帰りに間に合わぬではないか。」
「構いません。放置する方が問題です。」
こうなった時のハネシテゼは、そう簡単には止められない。先生が入ってきてくれれば良いのだが、現在は静観している。
かなりよくない状況だ。
五年生だけではなく二年生たちも恨めしそうな目で見てくるが、私たちを睨むばかりで自分で声を上げられないのなら、何もしてやれることはない。
「魔物を運ぶにも下人がおらぬではないか。」
「だったら、あなた自身が血と泥に塗れて運びなさい。無責任な真似は許しません。早く帰りたいなら早く運びなさい。」
ハネシテゼはとても立腹している。
セオリーを無視して、魔物を誘き出すこともせずに森の中に入っていったのだから、運び出すのは当然だというのが彼女の言い分だ。
「原則として、魔物は焼却しなくてはなりません。理想としては灰になるまで焼くことですが、炭になれば十分です。」
森の奥の特定の魔物を退治しにいく時だけが特別で、それ以外は例外ないとハネシテゼは断言する。が、それでも五年生たちは動こうとしない。
「誘き出して退治するのは、私たちも手伝おう。森の中の死体の回収はそちらでやっていただきたい。」
ジョノミディスがそう提案するが、五年生たちは無視して帰りの道へと馬を向ける。
その次の瞬間、小型の爆煙が五年生の馬たちの鼻先でボンボンと音を立てる。馬たちを驚かす程度の、殺傷力などほとんどないほどに威力を抑えた魔法だが、効果は覿面だ。
驚き慌てる馬たちを抑えるのに必死で、帰るどころではない。
列の先頭の混乱を見て、後ろの者たちは困惑を隠せないどころではない。
「もう、急いで帰らないと閉門に間に合わない時間です。これ以上、言い争っても仕方がないでしょう。」
「責任を果たすまで帰るなと言っているのです! 閉門に間に合わないとか、下人がいないとか、まったく理由になりません。あなたたちはここが何処か分かっているのですか?」
そう言われるまで、私もハネシテゼが何故そこまで強くいうのかが分からなかった。先生もハネシテゼの言い分が正論だからこそ強く出れないのだ。
「そういえば、ここは王族直轄領か……」
フィエルも気がついたようで、呆れたような目を五年生の方に向ける。ジョノミディスもザクスネロも同様だ。
「これ以上の問答は無用です。従えないのならば、この場で叛逆の意思ありとしてこの場で処刑いたします。」
「莫迦な! そなたに何の権利があって」
「魔物を中途半端に殺して放置するのは、何もしないよりも悪い結果を招く。私は父よりそう聞いたが、そなたらは知らぬのか?」
食い下がろうとする五年生に、冷ややかに問いかけたのはフィエルだ。私たちも魔物退治をしていくと決まったとき、ハネシテゼだけではなく父や兄にも何度もそう言われた。
それはブェレンザッハ家やモレミア家でも同様だったようで、「それは常識だろう」と同調する。ここでようやく理解したのか、五年生の中の数人がまともに顔色を変えて「早く魔物を運び出すぞ!」と何人か引き連れて森へと向かう。
「列を乱すな! 規律を守れ!」
「あなたが乱しているのでしょう? まだ分からないのですか? 陛下の森を汚し、周辺の畑の収穫をさらに落とそうとするなんて、叛逆でなくて何なのです?」
このあたりの土地は王族の所有物であり財産だ。それを意図的に毀損させれば、罰せられるのも当然だ。指摘されてなお、毀損行為をやめないのは、叛逆の意思があると捉えられても不思議はないだろう。
はっきりとそう言われて、取り巻きの者たちは一斉に先生たちの方を振り向く。といってもこの場に残っているのは二人だけだ。他の先生や、不測の事態に対応するための騎士たちは、森へと再び入っていった生徒たちについていっている。
ハネシテゼを正面から睨み付けているのは、恐らく五年生の首席だろう。確か、第三公爵デュオナール家の第二子だったはずだ。先ほどからザクスネロが一歩後ろに下がっているのは、派閥内の上下関係のためだろう。
学院内とはいえ、派閥内の上位者に楯突くのは避けたいのは理解できる。デュオナール家の前に出るのはブェレンザッハやエーギノミーアの方が良いだろう。
「自分のしたことの後始末を他の人に押し付けるのがデュオナールのやり方なのですか? 残っているのはあなたたちだけですよ。」
公爵家の権威を言うならば、その責は果たすべきだ。魔物を殺してそのままにして良いはずがない。私たちだって、魔物を焼くために何十という数を運んだのだ。
誰もいなくなった周囲を見回し、歯を食いしばりながら残っていた七人が森へと向かうと、先生も一人それについていく。
「さて、僕たちはここで魔物退治でもしていようか。」
「少し離れた場所にした方が良いのでありませんか? あちらの方がやりやすそうですし、どうでしょう?」
ザクスネロが指すのは、森を見下ろす緩やかな斜面が続いている。障害物は見当たらず、だからこそ逆に不意打ちをされる心配がない。
「確かに、ここよりやりやすそうだな。」
私も反対する理由などない。五人で移動していくと一人残った先生もついてくる。
「この辺りで良いでしょうかね。誘き出すのは、ジョノミディス様かザクスネロ様お願いします。」
「分かっている。」
ハネシテゼの指示で草の残っているあたりで馬を下り、私たちは魔物退治のための配置につく。
左端にフィエル、右端は私。中央にジョノミディスとザクスネロが並び、後ろを守るのはハネシテゼだ。
魔力の玉を投げると、森の方はすぐに反応がある。ネズミのような魔物が一斉に駆けてきて、その後をぶよぶよした気色悪い八本足の魔物が続く。
「出てくる魔物が多すぎる! そなたら一体何をした⁉」
「これくらいなら慌てる必要はありません。」
数十程度の魔物が出てくるくらいなら、もう何度も見た。フィエルと私は落ち着いて雷光の魔法を放ち、森から出てきた魔物を一掃する。
だが、魔獣はまだまだ出てくるし、さらに無数の魔虫も集まってくる。
「もっと魔力を撒いて構いません。狩り尽くしますよ。」
ハネシテゼも雷光を撒き散らすならば、遠慮する必要はない。ジョノミディスとザクスネロはさらに魔力の玉を森に向かって投げる。
こちらの森は、魔獣よりも魔虫の数が多い。たくさんの足を持つものや、ぶよぶよした体のもの、鋭い爪や鎌を持つもの。
名前は知らないが、実に数多くの種類の虫が集まってくる。そう、都合の良いことに、魔力を撒いたあたりに気色悪いくらいに集まってくるのだ。
そこに雷光を放っていれば、死体の山はどんどん大きくなっていく。
「随分と溜まってきましたし、焼き始めましょうか。」
ハネシテゼが指示すれば、ジョノミディスとザクスネロはすぐに動く。先ほど教わった魔法の練習をしたいというのもあるのだろう。
二人が火の魔法を放てば、こんもりとでき上がった死体の山が煙を噴き上げる。それでも虫たちは集まってくるのだから楽なものだ。
時折現れる魔獣に気をつけながら雷光の魔法を放ち続けていれば、魔物の勢いは次第に衰えていく。
「そろそろ終わりでしょうか? まだ誘き寄せてみますか?」
ここから見える範囲では、森の奥にも特に変化がない。ここでの魔物退治は一旦終了しても良いような気はする。
「もう一度魔力を撒いてみて、それでも出てこないならばここは終わりにしましょう。」
魔力の玉を追加してみても、追加で魔物が出てくる様子はなかった。ならば、やることは一つ。周辺に散らばった魔物を掻き集めて焼き払うだけだ。