050 合同演習(3)
森との中程の魔物の死体に向かって小さな魔力の玉を放ってやれば、赤銅熊はその死体に向かって突進していった。
そのままの勢いでこちらにまで来るかと身構えたのだが、クマは魔力をたっぷり浴びた魔物の死体をガツガツと食べ始める。
ハネシテゼが「えい」と杖を振れば、雷光に貫かれた赤茶けた図体はべちゃりと食べかけの魔物に突っ伏した。
「どうしてそちらに倒れ込むのだ……」
クマのツノが欲しいのに、そのツノは思い切り魔物の死体に突き刺さっている。ハネシテゼは「ごめんなさい」と小さくなるが、彼女のせいでもないだろう。
「これで終わりか? さっさと焼いてしまおう。」
「いえ、もう一頭いますね。」
相変わらずハネシテゼの感知能力は高い。私も少しは分かるようになったが、百歩以上も先の森の中でまでは無理だ。
試しに魔力の玉を森に向かって投げてみると、奥で茂みが揺れ動くのが見えた。
「あれか。結構大きかったぞ。」
「大きさはクマっぽいですよね。」
仲間を殺されて慎重になっているのだろうか。魔物は木の陰からなかなか出てこなかったが、私とフィエルで交互に魔力の玉を放り投げてやると、我慢しきれなくなったのか飛び出てきた。
先ほどより一回り大きなクマだったが、やはりハネシテゼの魔法一発で地面に横倒しになる。幸運にも、今回はツノは取りやすい位置に出ている状態で倒れてくれた。
「では、燃やしてしまいましょう。あの辺りに集めましょうか。」
死体密度が高い所を指し、ハネシテゼはさっさと歩いていく。私たちも馬を下りて、魔物の死体を引き摺り、放り投げて一箇所に集めていく。
ある程度山になったところで、フィエルは死体に火を放つ。
「見たことのない魔法だな?」
「ああ、魔物を燃やすのに便利なんだ。」
目敏く見つけたザクスネロは「教えてくれ」とフィエルに近づくが、魔物を集める方が先だ。今の状態で二発も三発も火魔法を撃ち込んでもあまり意味がない。
「ティアリッテ様、そちらはその辺りまでで良いです。向こう側にも集めますから。」
「では、私はそちらをやります。あのツノも取るんですよね?」
魔物は結構広範囲に倒れている。手当たり次第に蹴飛ばし、放り投げながら、ツノが死体に埋まってしまった方のクマへと向かう。
ツノを取るべく押したり引いたりと頑張ってみるが、クマの巨体は重すぎて私の腕力では動かせそうにない。
「爆炎の魔法ならば動かせるでしょうか?」
「あまりやりたくないですが、仕方がないです。少し離れないと危険ですよ。」
自分の魔法に巻き込まれて怪我をしたのではただの間抜けである。魔物を放り投げながら三十歩ほど離れ、私は爆炎の魔法を放つ。
ツノが上手く露出すれば良いだけなので、それほどの威力はなくて良い。かなり小さめに調節した爆炎の魔法はクマの首のあたりに命中し、周辺の死体を吹き飛ばし、クマの首の向きを変えることに成功した。
「これなら取れますね。」
ハネシテゼと頷き合い、鞄からナイフを取り出してツノの根本を抉っていく。頭の骨まで露出させると、ハネシテゼはツノの付け根に雷光を何度か放つ。
あとはツノを掴んで無理矢理引っ張れば、ゴリッと音がして抜けてきた。
「それは洗ってしまっておいてください。」
今はツノについてそれ以上どうこうしている暇はない。早く魔物を燃やしてしまわなければ帰る時間に間に合わなくなるかもしれない。急いで水魔法で洗うと背負い鞄に突っ込んでおく。
魔物を集めて焼くのはかなりの重労働だ。百以上も運び、放り投げて集めて火を放つ。
「では、あのクマのツノも回収して死体は燃やしてしまいましょう。」
先ほどと同じ手順で今度はフィエルたちが頑張ってツノを引き抜き、みんなで火の魔法を放ってやる。
「時間は、まだありそうですね。」
「だが、あと一時間も無いぞ?」
「森の中を少し見るだけです。そんなに時間はかかりませんよ。」
一度、馬のところに戻ると、騎乗して森へと向かう。大半が枯れた草原よりも森の中の方が馬の食べ物もあるのではないだろうか。
「随分と静かだな。」
「あれだけやったのだ、魔物は粗方狩り尽くしたのではないか?」
何百という魔物が急にいなくなれば、森の中は閑散と静まり返るのは当然だろう。
とは言っても、樹上には小動物が動き回っている。動くものの気配が全くない、というほどではない。
「それで、何を探しているのですか?」
「モロジュンという草と、プノミユという木です。ご存知ですか?」
私は全然聞いたこともない。ジョノミディスやザクスネロも「残念ながら」と首を横に振る。
だが、探し物は割と直ぐに見つかった。
「その円い葉の植物です。必要なのは根です。刺があるので注意してください。」
「どれくらい採れば良いのですか?」
「ここに生えているもの全部でお願いします。」
ハネシテゼの言葉にフィエルとザクスネロが馬を下りると、長く伸びて絡まっている蔓を切り、根を掘り返していく。
その間にもハネシテゼはプノミユの木とやらを探しにいく。私とジョノミディスは、念のため周囲の警戒にあたる。魔物は粗方退治したとはいえ、まだ、隠れ潜んでいるものがいるかもしれない。
可能性は低いが、無視するわけにはいかない。森の中で、魔物の存在を考えないなどあり得ないのだ。
モロジュンの根を全て掘り終わった頃、満足顔のハネシテゼが戻ってきた。目的の木を見つけられたのだろうか。
「樹液は無事手に入れられました。そろそろ戻りましょうか。」
モロジュンの根はみんなで分けて持ち、他のみんながいるはずの森の方へと馬を向ける。
「これで杖を作れるのですか?」
「ええ、二本だけですけれど……」
ツノが二本しかないのだから仕方がない。もう二本は、またの機会にするしかない。
「随分と簡単に採れたような気がするが、何故、本当にこんな材料で杖を作れるものなのか?」
「フィエルナズサ様、魔物を数百匹倒している時点で簡単ではないと思いますよ。少なくとも、平民には無理でしょう。」
確かに、雷光の魔法がないとあの数は辛い。数の力で押し切られてしまう可能性は高いだろう。
他のみんなはどこに行ったのかと探しながら戻ると、ちょうど、向こうも戻ってきたところのようだった。
「そなたらは何故ここにいる?」
「魔物退治を終えて、ちょうど戻ってきたところでございます。」
咎めるような口調の五年生に、ハネシテゼは何のやましいこともない笑顔で答える。王子殿下相手に平気で意見を述べるハネシテゼの胆力は、五年生の強い口調などものともしていない。
「どんな魔物を退治していたのか知らぬが、今日は森に入る演習だ。」
「こちらの森では何が採れるのです? 皆さま、採集してきたようには見えませんけれど?」
質問に対して質問で返すハネシテゼに、五年生はあからさまに不愉快そうに表情を歪める。
「採集ではなく、演習が目的だ。」
「言っている意味がよく分かりません。森の中に入って、いったい何の演習をするのですか?」
ハネシテゼは、森に入るのは何らかを採集するのが最大の目的だという。草木を見極め、薬や食料になるものを集めることが森の中での演習であるべきだと強調する。
「森に棲む魔物を退治するのだ。そんなことも知らぬのか!」
「魔物は森の外に誘き出して退治するものです。そんなことも知らぬのですか?」
ハネシテゼは自領では既に仕事として魔物を退治しているという。その彼女がそう言うのだから、そうするべきなのだろう。ジョノミディスとザクスネロも、「森に入らずに済むならそうするべきだ」とハネシテゼを支持する。
「確かに安全を考えれば、そうした方が良いだろう。だが、現実として、それでは効率が悪すぎるだろう。少々の危険は覚悟の上で森に入るべきだ。」
別の五年生がそう進み出てくるが、その意見を受け入れるには確認が必要だ。ジョノミディスも同じことを思ったようで、前に出て静かな口調で質問を投げかける。
「私たちは向こうの森で魔物を五百ほど誘き出して退治したが、そちらはどれくらいの魔物を退治したのですか?」
その数を聞いて、五年生だけではなく、先生たちまでもが信じられないとばかりに表情を歪めた。