046 始まりとこれから

「お久しゅうございます、みなさま。」

講義室に入り、私は優雅に一礼する。今日から中央高等学院の二年生が始まるのだ。

「フィエルナズサ様、ティアリッテ様、お久しぶりでございます。」

私たちの前に出てきて挨拶を返してきたのはザクスネロ・モレミア、第一位の侯爵モレミア家の第三子だ。

去年、一年生のときは彼は五位につけていたが、今年最初の試験で彼は三位に順位を上げてきた。順位を落としたのは私だ。弟のフィエルナズサは変わらず四位である。

「ザクスネロ様は、夏の間、随分と努力されたのですね。」

「言っただろう、私だって筆頭の座を狙っていると。」

口で言うのは誰だってできる。本当に努力を続けていなければ公爵家を上回るなんてできないだろう。

「それよりどうしたというのだ? 随分と簡単に追い抜いてしまったようだが。まさか、ハネシテゼ様には勝てぬと諦めてしまったということは」

「それはありません、ザクスネロ様。少々、時間の配分を誤ってしまったことは認めますが、すぐに挽回いたします故ご心配には及びません。」

フィエルはそう言って勝気な笑みを見せる。私もまさか父と喧嘩をして勉強をする気分ではなかったとは言えない。

「そうですね。みっともない言い訳は色々思いつきますが、今は油断なさらないでくださいと申し上げるだけにしておきましょう。」

私もそう言って微笑んでみせる。決意も覚悟も決まったのだ。もう、下を向かないし、よそ見をするつもりもない。

「元気そうで何よりだ、ティアリッテ。成績を聞いたときは何があったのかと心配したぞ。」

そう言って私の後ろから講義室に入ってきたのはジョノミディス・ブェレンザッハ、第一公爵家の長子だ。

「久しぶりだな。フィエルナズサ、ティアリッテ、それにザクスネロ。」

「お久しぶりでございます、ジョノミディス様。」

しばらくはそんな挨拶が続くが、室内がなんとなく落ち着かない雰囲気に包まれているのはハネシテゼが姿を見せないからだろう。

私たちに話しかけたそうにしている者もいるが、そわそわするだけで来ない理由はおおよそ想像がつく。ハネシテゼと私たちの会話を確認した上でなければ、かける言葉が決まらないのだろう。

だが、そんな思惑をよそに、ハネシテゼ・ツァール・デォフナハが入室したのは時間ギリギリだった。というか、先生と一緒にやってきたのでは、話しかける間もない。

ハネシテゼとしては、狙ってそうしているのだろう。面倒で鬱陶しい人だかりができるのは目に見えている。

私たちを担当するのは去年と同じミャオジーク先生だ。変わることもあると聞いていたが、同じ先生ならばそれはそれでやりやすい。

「諸君、久しぶりでございます。この半年、勉強に邁進してきた者、そうではない者、色々いると思いますが、この学院での本分は勉学。領地や親から離れる意味をしっかりと踏まえて励んでいただきたい。」

ミャオジーク先生の簡単な挨拶の後、班分けの確認があり、全員で講堂へと移動する。

一年生の入学の式典とは別に、上級生たちと合同の進級の式典があるのだ。一年生は上級生と関わることがほとんどないが、二年生以降では実技演習など、合同でとり行うことも多いらしい。

式が始まると、司会の言葉に各学年の首席が壇上に並ぶ。ハネシテゼ一人だけが場違いに小さいが、本人は全く気にしていないのか、胸を張り微笑を崩さない。

「ハネシテゼ様は領で一体どのように過ごしているのだ?」

新しい学年に臨む意気込みを一人ずつ発表していく壇上を見つめ、フィエルがポツリと呟いた。

畑の管理や魔物退治を実際にやってみて、それらは簡単ではないことを身をもって理解したし、魔法や体術は嫌でも訓練することになることも分かった。だが、座学がどうにもなっていない。勉強時間が不足してザクスネロにも負ける結果になってしまった。

どのような配分で行っているのか、あとで聞いてみよう。

壇上では、三年生から発表がはじまり、四年生、五年生と進んでいく。何故か二年生のハネシテゼが最後だ。

「ハネシテゼ・・デォフナハ、二年生の代表としてご挨拶申し上げます。」

訝しがる者たちを前に、彼女は堂々と爵位名を名乗る。もちろん、その左胸には爵位を示すメダルが付けられている。

実に単純な話で、壇上で最も身分が高いのはハネシテゼというだけのことだった。

挨拶やスピーチの類は、身分が低い順に行われる。

学院内では家格は関係が無いので、学年が下の者の方が下位とされる。だが、それは、通常は未成年は爵位を持たないから成り立つことだ。

既に国王より爵位を授けられたハネシテゼは、必然的に、仮爵位しか持たない上級生よりも上になってしまう。

「このような場で爵位を誇示しなくても良いのではないか? 反感も大きかろう。」

「それは違うぞ。陛下に授かった爵位を式典のような場で見せられないとは、不敬にも程があるだろう。」

騒めく周囲の反応をみてフィエルはハネシテゼの行動に疑問を漏らすが、即座にジョノミディスに否定された。なるほど、その通りだ。国王の意思と行動をなかったことに見せかけようなどと、国王の否定そのものになりかねない。

学年代表が壇から下りると、学長の言葉で式典は締められる。

初日の予定はそれで終わりだ。昼食を摂り、一年生が入学式を行う午後は自由時間となる。

「ハネシテゼ様、少々お話したいことがございます。お時間よろしいでしょうか?」

「ええ、わたしもティアリッテの結果を知りたく思います。」

食事の際に聞いてみるが、そう真っ直ぐ返されると、少し苦しい。私は決して上手くできたわけではない。総合的にみれば、失敗だろう。

「僕たちも同席して良いかい?」

「構いません。というか、ジョノミディス様やザクスネロ様の意見も聞きたいと思います。」

親と意見を違えた場合、どのようにすれば良いのか。どうするのが正解だったのか、私は未だに分からない。フィエルとも何度も話し合ったが、結論どころかより良い案の一つも出せていない。

食事を終えると直ぐに私たちは部屋を移動した。お茶は談話室で飲めば良い。私とハネシテゼの話を聞きたい者たちには申し訳ないが、聞かせられない内容があるので移動しないわけにはいかないのだ。

「それで、一体何があったんだ? 君が成績を落としたのと何か関係があるのかい?」

「言い訳をすると、まさにそこなのです。唐突ですが、ジョノミディス様やザクスネロ様は領地の倉の状況はご存知ですか? どれほどの食料が備蓄されているか把握されていますか?」

私が質問を投げかけると、ザクスネロは「知らぬ」と首を横に振った。

「数字の上では知っている。正直、かなり危険な状態だ。収穫量が今のままだと、三年持つかどうかといったところか。」

「ところで、ハネシテゼ様の方どうなのですか?」

「言ってよろしいのですか?」

話を振ると何故か申し訳なさそうな表情で聞き返してくるが、聞きたいから質問しているのだ。

「今年は豊作でして、食糧は倉に収まりきらずに溢れかえっています。応接室がひとつ食糧庫になってしまいました……」

それはそれでどうなのかと思う。あまりにも参考にならなさすぎるが、おおよそにでもハネシテゼが領内の状況を把握していると言うことだけは分かった。

「デォフナハに不足しているのは大工のようだが、ブェレンザッハでは食糧が不足しているのは確実だ。早急に改善が必要なのだが、だからこそエーギノミーアの結果を聞きたいと思っている。」

「結論から言うと、今年は失敗しました。エーギノミーア全体の収穫量は昨年よりは減っている状況なのです。エーギノミーアの倉は、あと一年持ちません」

私がそう言うとジョノミディスもザクスネロも息を呑む。春のハネシテゼに来てもらったことは彼だって知っている。その上で私たちが失敗するとは思っていなかったのだろう。

「何が上手くいって、何が失敗だったのかは把握できていますか?」

「魔物を退治して、畑に魔力を撒けば野菜の収穫が増えることは確認できました。ですが、私たちは麦の収穫の前に、畑に行くことを禁じられました。」

「どういうことだ?」

私の言葉が信じられないとばかりに、ジョノミディスとザクスネロはテーブルを叩いて声を大きくした。

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