045 長い眠りから覚めて
結論から言うと、魔物退治には成功したらしい。
フィエルの話によると、私の魔力の玉を受けて岩の魔物が動きを止め、その後、取り囲んでいた魔物たちを黄豹が一掃したという。
「そして、黄豹の背に乗せられたまま領都まで帰ってきたのだ。山の中に置きっぱなしにしていた荷物はなんとか回収できたが、馬はそのままにされてしまったからな。いま、騎士たちが回収に行っている。」
再び黄豹が現れたが一緒に行ったはずの私たちの姿がなく、一時は街でも城でも大騒ぎになったというのは聞けばだいたい想像がつく。私たちが出ていったときも街ではかなりの騒ぎになっていたはずだ。
「黄豹が単独で現れたと報告を受けたときは、本当に肝を冷やしましたよ。」
フィエルの説明が終わり、食後のお茶を飲みながら母は疲れたような声で言う。
黄豹の背から騎士が下りてきたことで街の騒ぎは収まったが、私とフィエルがぐったりとして騎士に抱えられていたことで、城内はさらに騒然とすることになったらしい。
フィエルの方は翌日には目を覚ましたが、私の方は二日たっても目を覚ます気配がなく、このまま死んでしまうのではないかと心配されていたようだ。
「ご心配おかけして申し訳ありません。」
「まあ良い、こうして無事に目を覚ましたのだ。それより、そなたからも報告を受けなければならぬ。要点は三つ、全部で何匹の魔物を退治したのか。どこで退治したのか。そして、何故、意識を失う事態となったのか。騎士たちの話を聞いても、フィエルナズサの説明を聞いても判然としないのだ。」
そう言われても、私も倒した魔物の数など分からない。最初こそ数えていたが、千を超えたあたりから数えるのを諦めた。それでも麓で倒していた数はだいたいわかるし、山の上の青鬼は二百以上を倒したはずだ。正確な数は分からないが、おおよその数はフィエルや騎士たちとの報告とも一致しているはずだ。
「山奥の湖の側で退治したのは?」
「あんなのを数えていられるはずがありません。」
地面を覆い尽くすほどの魔物大群を数えるなんてできない。次から次へと途切れることなくやってくる魔物を倒すことに集中していたので、おおよその数さえ分からない。
「魔物の死体の山の大きさから考えると、三千から四千ほどではないだろうか?」
「五千は倒したのではないでしょうか? 大地を一面覆い尽くすほどの数ですよ?」
私とフィエルの意見の食い違いに父も兄も苦笑する。だが、あんな魔物の大群など見たことがないのだから仕方がないだろう。目測でと言われても困ってしまう。
「騎士の報告とあわせると下が三千、上は一万だ。」
みんな見事に見解が分かれているらしい。だが、仕方が無いだろう。騎士たちだってあれほどの大群を一度に処理したことはないだろう。もう少し何とかならないかと言われても、何ともならないと思う。
「この部屋にびっしりと人がいたとして、一目見て何人ほどがいるのか分かりますか?」
「この部屋の大きさなら、五十人ほどだろう?」
「きちんと整列すれば、百人くらいは入れないか?」
試しに聞いてみると、兄たちの間でも見解は分かれる。つまりはそういうことだ。遭遇したことのない状況だと、推測するのも難しいのだ。
「数が合わない理由は分かった。見当もつかぬほどにびっしりと大量の魔物が迫ってきた。それで間違いないな。」
私が頷くと、次に場所の確認に入るが、地図もなしに説明せよと言われても無理だ。執務室へ移動すると、父は大きな地図を持ってこさせる。
「ええと、この領都がここですよね。まず、ここから南へ行き町の外で一泊してリソズ川に沿って南西に行きました。」
そして、町で馬を預け、そこからは黄豹の背に乗って移動した。しばらくは川沿いに進んで、川を渡ってからはほぼ真南に進んでいたはずだ。
渡された棒で地図を指しながら移動経路を説明していくと、フィエルも「間違いない」と頷いている。
「山の中はどう進んだのかはわかりません。黄豹の背から振り落とされないようしがみついているのが精一杯でしたので。」
青鬼を狩った場所は、遠くに見えた町の位置関係からおおよその見当をつけられるが、その先はとにかく、山を南に下ってさらに進んだと説明するのが精いっぱいだ。距離も方角も本当に全くと言って良いほど分からない。
「あの湖はここからは見えませんでしたから山一つか二つは越えているものと思います。私よりも騎士たちの方が周囲を見ていたのではないかと思います。」
私の報告に、父は残念そうに溜息を吐く。
「その騎士たちの報告では、場所がバラバラなのだよ。山の麓に着くまではみんな一致しているのに、その先が全く分からぬ。」
そう言われても、黄豹に乗っての山の中の移動は歩いて行くのとも馬で行くのとも全く勝手が違うだろう。馬では進めないような道なき道を軽々と進んでいくのだ。
「最後に、そなたが倒れた原因は?」
「魔力を使いすぎ、体力が尽きたためだと思います。」
まさか数日間眠り続けることになるとは思わなかった。フィエルは一日で目覚めたのに、と思うと気分が沈む。
「魔力を使いすぎると倒れるものなのか? 私には経験がないが……」
「それはお兄様が倒れるまで魔法を使い続けたことがないだけでしょう。ほどほどで止めて引き揚げれば私だって倒れたりしません。」
魔力も体力も限界まで絞り出せば兄だって父だって気を失うはずだ。だが、私がそう言うと急に父も不機嫌になる。
「生きるか死ぬかというところで、後先考えていられるはずが無いではありませんか。余力を残して負けて死んでしまったのでは笑い話にもならないでしょう。」
切迫した事態に遭遇したことがないだけだろう。あの場から生きて帰るには、何が何でも魔物を撃退する以外にはなかった。その中で、私が真っ先に動いただけだ。
「私も、今後は一晩寝れば回復できる程度に消耗を抑えるように努力いたします。」
帰ってきてからも寝込んで心配と迷惑を掛けてしまっているし、そこだけは反省しなければならない。
「どの程度回復したのかも分からぬし、早めに休みなさい。それと、三日後には王都に向けて出発する。明日、明後日で急いで準備を整えなさい。」
一通りの報告が終わると、父は私に退室を促し、伝達事項を付け加えた。寝込んでしまっていたおかげで時間がない。部屋に戻ってから側仕えたちに準備の状況を確認すると、半分以上は整っているから今日は休むように言われてしまった。
ゆっくりと湯浴みをしてからベッドに潜り込む。
そして、王都に向かう前にしなければならないことを考える。
荷物をまとめるのは、側仕えたちと話をして進めれば良い。出発する前に、蔵の状況は自分の目で確認しておきたいし、税の帳簿についても教えてもらいたい。
農民に挨拶する時間は無いだろう。それよりも、勉強が全然できていないことを思いだしてしまった。
王都に着いたら、すぐに試験がある。そこで情けない成績をとるわけにはいかない。
魔法や体術ならば自信があるが、算術や地理の勉強は全然できていない。領内の地図の見方は分かるようになってきたが、完ぺきとは言い難い。というか、そこは二年生の範囲だっただろうか?
学院は楽しみでもあるが、不安の方が大きくなってしまった。
そして、残り時間に追われ、死に物狂いで頭を動かす二日間が始まった。