040 親子喧嘩
「それは何をしているのだ?」
イモを次から次へと茹でていると、フィエルが騎士の一団を連れて戻ってきた。
「黄豹に食べてもらおうと思うのです。茹でたイモを美味しそうに食べていたとハネシテゼ様も言っていたではありませんか。手伝ってもらえますか? 一人でやると意外と大変なのですよ。」
フィエルにも手伝ってもらえばイモを茹でるなんて簡単だ。残りの芋をまとめて茹でてしまえる。騎士たちに指示を出した後、フィエルに火の魔法で加熱を担当してもらう。
「騎士にどのような指示をしたのです?」
「騎士団を魔物退治に向けるにしても、黄豹がどの方向から来たのかくらいは調べないと話にならぬだろう。あれだけ大きいのだ、すぐに手掛かりは掴めるだろう。」
フィエルは完全に黄豹を傷つけた存在が生きている前提だ。私もそんなことはあって欲しくはないが、楽観視して大きな被害が出たのでは領主一族としては失態だろう。
「しかし、何故、ここに来たのだ?」
「ここが私たちの畑だと知っていたのでしょうか? ここらはちょうど中央付近ですが……」
「この辺りで、魔力が最も濃い場所に来たのではないか? 魔力が濃いというのは黄豹にとって敵が少ないと言うことでもあるからな。休むにはちょうど良いのだろう。」
フィエルの説明は筋が通っている。だが、それが本当なら、相当に消耗していることになる。本当に何があったのか不安が強くなっていく。
「ティア、これを黄豹に食べさせたら、一度、城に戻れ。遠征の準備しなくてはならないであろう?」
「そうですね。」
フィエルの指示を聞いて、一瞬笑ってしまった。私にそう言うフィエルは、自分も行く気満々だ。父上の許可は出たのだろうか?
すべてのイモが茹であがると、その場はフィエルに任せて私は馬に乗り城へと戻る。フィエルはどこまで話を進めているのかは知らないが、私も自分で父と話をしなければならない。
父と面と向かって話をするのは久しぶりで、少々緊張するがそうも言っていられない。一度、自室へ戻って着替えを済ませ急いで執務室へと向かう。
扉の前でベルを鳴らすと、速やかに開けられて中に通された。
「お忙しいところ失礼いたします。」
「黄豹のことだな? どんな様子なのだ?」
「はい。黄豹は全身に傷を負っていて、私の挨拶にも応じれないほどですが、水を与えると飲んでいました。今は私の畑で休んでいます。」
そして、今はフィエルが連れて行った騎士たちが、黄豹の足取りを探している。黄豹がどれくらいで回復するのかは分からないが、どこから来たのか、方角くらいはすぐに分かるだろう。
「黄豹を傷つけた相手が生きている可能性があります。大至急、退治の部隊を出すべきかと存じます。」
「フィエルナズサもそう言っていたが、その根拠はあるのか?」
「黄豹が勝ち相手を仕留めたならば、何故、ここまでくるのでしょう? 敗けて追われて、あるいは応援を求めてここまで来た、と考えるのが最も分かりやすいのではないでしょうか。」
そんなことを考えたくはないが、私には他の理由が思いつかない。ハネシテゼのところには遊びに来ることがあるらしいが、残念ながら私はまだ黄豹とそこまで親しくなっていない。
「確かにもっともらしいが、それでは推測の域を出ない。」
「では、お父様は誰かが殺されるまで、村や町が襲われるまで放置すると言うのですか? 大きな被害の報告がなければ騎士団は動かせないのですか?」
「そうではない。騎士団を動かすには多額の金がかかる。食糧も必要だ。だが、今はどちらも余裕がないのだ。」
「そう言って魔物をのさばらせておけば、状況が酷くなるばかりではありませんか。」
父に言いたくなかったことがある。
聞きたくなかったことがある。
父の返答次第では、私は今後、父を信じていけなくなってしまう。
だけど、もう、ここまで来たらその言葉を口にしないと先に進まない。
「お父様は、本当に何かを改善するつもりがおありなのでしょうか?」
父の判断は、何もかもが今まで通りだ。王都にいたころはまだ良かったのだが、エーギノミーアに帰ってきてからは、私の意見を聞き入れてくれたことが一度もない。
「騎士団が動かなくても、私とフィエルナズサの二人だけでも行きます。」
「そなたたちだけで何ができる! 魔力を伸ばしているとは聞いているがまだ子どもだ。本当に危険な魔物がいるならば役に立つはずがない!」
父は語気を強めるが、騎士団を出す必要がないならば、心配するのは私の学校の成績くらいのはずだ。私たちでは役に立たないのであれば、尚更、今すぐ騎士団を出すべき事態だろう。
私の言い分に父は顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせるが、上手く言葉にはならないようだ。
「魔物退治は行っていませんでしたから今回が初めてとなりますが、フィエルと行ってまいります。」
できるだけ落ち着いて、静かに自分の意思を伝える。春頃の予定では、私たちも二、三回は魔物退治の遠征に行くはずだったのだ。父の突然の方針転換でなくなってしまったが、今回は良い機会と言えなくもない。
「まったく、一体、誰に似たのでしょうね、この子は。フィエルはどう見ても父親似なのですけれどねえ。」
母は困ったように言いながらも、表情は柔らかい。立ち上がり、私のところまでやってくると腰に差した杖を取り、私に差しだしてきた。
「杖もなしに魔物退治は難しいでしょう。ちゃんと、返しに帰ってくるのですよ。」
「ご配慮感謝します。」
杖を受け取り、私は母に深々と礼をする。
執務室を出ると、食べ物とお金の手配をして急いで旅の支度を済ませる。仕立てたまま、一度も袖を通していなかった遠征用の服に着替え、さらに冬用の外套と毛布を用意する。
同行する護衛の騎士は二人。側仕えはなしだ。遠征用の服は側仕えがいなくとも、一人で脱ぎ着できるように特別に作ってある。
一人でもイモを茹でて食べるくらいのことはできることが分かったし、フィエルも一緒ならば食事の準備くらいは自分たちでもできる。
「ティアリッテ! 遠征に出ると言うのは本当か?」
荷物をまとめて鞍に括りつけていると、兄たちがドカドカとやってくる。
「ええ、フィエルと行ってきますね。留守はよろしくお願いします。」
「待て。魔物退治は私の仕事だ。そなたの仕事ではない!」
「お父様は騎士団を動かす必要がないと言うから私が行くのですけれど……」
長兄は自分も行くと息を巻くが、騎士団を束ねる立場の兄が出てしまうのは良いのだろうか?
私は現在受け持っている仕事はないので、数日間留守にしても誰も何も困らない。だが、兄や姉はそれぞれに担当している仕事があるのだから、きちんと準備をしてからでないと周囲の人たちが困ってしまうだろう。
「ええい、理屈を言うようになりおって!」
私の指摘に兄は顔を歪めるが、それ以上言ってこないところをみると分かってはいるのだろう。
兄たちに見送られて城を出発すると、畑の黄豹のところへ向かう。
畑の真ん中で丸くなっている黄豹はとても目立つ。
麦畑が黄金色に染まっている頃ならばともかく、多くの畑は収穫が終わって土が剥き出しになっていて、そこに巨大な黄色のもふもふがあれば目立たないはずがない。
フィエルは黄豹から少し離れたところで騎士たちと話をしていた。
「お待たせしました。私は準備万端です。いつでも出られますよ。」
「うむ。だが、黄豹の方は見ての通りだ。今のところ分かっていることを整理する時間はある。」
振り向くと、黄豹はすやすやと眠っているように見える。フィエルの話では傷は物凄い速さで癒えており、もうじきで目を覚ますのではないかと言うことだ。
それまで、騎士たちが集めてきた黄豹の足跡や目撃情報などを整理していく。