038 私は何を失敗したのですか?
大菜の収穫が終わるとその後には根菜を植えるのが常らしい。畑を耕し直すのに際し、私たちは再び魔力を撒いていく。それに並行して細瓜の収穫が始まり、それが終わらないうちに赤茄子が収穫期を迎えるという。
思っていた以上に農業と言うのは大忙しだ。
「勉強が全然進んでおらぬではないか!」
「申し訳ございません。畑の作業がこれ程あるとは思っておりませんでした。」
父や母が怒るのは分からなくもないが、私たちも焦っているのだ。ハネシテゼは一体どうやってこれを回しているのだろう? 部下に仕事を振りたくても、農業に明るい者なんて城のどこを探してもいない。
言い訳をしたいわけではないが、私たちが怠けているわけではないことだけは分かってもらわないと困る。
「デォフナハでは当主も畑に出ると仰っていませんでしたか? 父上も一度畑を見に来てください。」
「男爵と公爵を一緒にするな。」
フィエルの申し出を父は一蹴するが、私たちの成果を直接見てほしいと思っているのは私も同じだ。
「私が一度見に行きましょう。徴税の前に、収穫の見込み量があった方が仕事がしやすいのは確かですからね。」
徴税や財務に関しての管理は母が行っている。昨今の不作のこともあるので、徴税の前に畑の視察に出るのはそう不自然ではないという。
各方面への調整を済ませ、母が畑に来るのは四日後ということになった。
赤茄子の収穫はピークを過ぎているが、それでも次から次へと運ばれてくる木箱がどんどんと積み上げられていき、道を挟んだ反対側の畑では緑豆の収穫が始まり子供たちが必死に豆を積んでは木箱に放り込んでいってる。
収穫した野菜用の木箱は平たい形をしていて一箱に赤茄子ならば六十個前後詰め込むことができる。
「こちらの赤茄子は、二百十箱が税として納められます。仮に全て売却すると金貨一枚と銀貨十四枚となる計算です。」
「緑豆の方は現在計量を進めているところですが、金貨一枚から、一枚半程度になる見込みです。」
畑の区画一つで金貨一枚程度の税収にはなる見込みということに母たちは満足そうに頷き、次の畑へと向かう。と言っても、残りは麦ばかりだ。
「こちらの畑は小麦です。色づいてきましたし、もう少しで収穫できるはずです。向こうに見える青いのが大麦です。あちらの収穫は小麦より後になる予定です。」
畑の畦道を馬で案内して進んでいく。馬車だと荷車とすれ違うことができないため、今日は全員が馬で移動している。
「確かに、おっしゃる通りここ数年見ない勢いの良さですね。」
一緒に来ている徴税官は、毎年、畑の様子は事前に確認しにいっているらしく、私たちの畑の豊かさに顔を綻ばせている。
「問題は他の畑です。周辺もすこし見てまわりましょう。」
母に言われて畦道を東へと抜けていくと、畑の様子が明らかに変わる。
「ここまでが私たちの畑です。この道の向こう側と比べると、私たちの成果は一目瞭然かと思います。」
「もう少し、こちらにも力を割くことはできなかったのですか?」
「母上、これでも、この辺りはマシなのです。余力があれば、道の向こうにも魔力を撒いていましたから。問題はさらに向こうの区画からです。」
私たちも、自分たちの畑の外側にも少しは気を配っている。大きめの魔物がいれば退治しに行っているし、その行き帰りには魔力を撒いたりもする。
どこに何が植えられていて、農民がどのような作業をしているのかも色々見比べて勉強しろとハネシテゼにも言われている。
「これは随分な差がありますね。」
「奥様、去年もこのような出来でございました。ティアリッテ様、フィエルナズサ様の畑だけがあの状態なのは、問題が発生しかねません。」
私たちの畑とそれ以外で差がありすぎると、不満に思う農民は多いだろうと言う。だが、そんなことを言われても私やフィエルが頑張るにも限度がある。
「ですが母上、私たちだけでは手が足りません。勉強や踊りの稽古の時間を取れなくて困っているのに、これ以上、畑を増やされても対応できません。」
「お母様、私たちだけではなく、騎士や文官の子どもたちにも参加していただくことはできないでしょうか?」
私たちより魔力量は劣るとはいえ、下級貴族でも貴族としての教育を受けているはずだ。ひとり一区画くらいはどうにかなるのではないだろうか。すくなくとも、平民とは違うというところを見せつけるくらいはして欲しい。
「どこに歪みを作るかが問題ということですか……」
どうしても農民のなかで格差が発生してしまうことに目を瞑るのか、意識の変わらない貴族の扱いを変えるのか、どうするにせよ、どこかに歪みが発生してしまうと母はため息を吐く。
「強制ではなく、希望者を集めるのではいけないのですか?」
「畑での仕事など、希望者がいると思うのですか?」
「少なくとも、魔力を伸ばす訓練にはなります。私は春から較べて倍ほどになっていますし、フィエルも似たようなものでしょう」
私の説明にフィエルも大きく頷く。大変ではあるが、やり遂げれば実績になるし、魔力も伸びる。小貴族の子どもたちにも、十分に旨味はあるはずなのだ。
「今、ここでは決められません。後ほど検討いたしましょう。」
その後、街の周辺の畑をぐるりと一周してから城へと戻る。畑の様子は、南も西も北も大して変わりはない。日当たりや水回りの都合上、植える作物に若干の差があるが、畑の作物が見るからに貧相なのはどこも変わりはない。
「そなたらは、もう、畑に出ずとも良い」
その夜、食事後に呼び出されて私は信じられない言葉を耳にした。
「何故ですか、お父様。私はきちんとお仕事を」
「分かっている。そなたらの成果は既に聞いた。よく頑張った。……だが、正直言って、やり過ぎなのだ。」
わたしは足下が崩れていく思いで父の説明を聞く。
父も母も、ここまで他の畑と差が付くとは思っていなかったらしい。ハネシテゼやデォフナハ男爵も、常に『収穫の改善』と言っていたし、上手くいっても不作となる前に戻る程度の収穫量を想定していたということだ。
「話を聞く限り、そなたらの畑は、私が知る限り一番の豊作だ。そこまでになる予定はなかった」
私もフィエルも、自分が生まれる前の収穫量なんて知らない。
農民たちは作物が大きく育ち、豊かに実るのを大喜びしていた。私たちも自分たちの畑で穫れた野菜が食卓に並び、とても嬉しかった。
父も母も、収穫が増えれば喜ぶものだと思っていた。
父が何か言っている。
母が慌てて駆け寄ってくる。
だけど、私の目の前は真っ暗だった。