031 遠征の報告
「これのどこが少々ですか! 全部粉々になってしまったではありませんか!」
我に返ったフィエルが声を上げる。確かに、これでは何匹ほどの群だったのかの報告もできない。
「ざ、ざっと見た限り、四十程でしたよ。ねえ、騎士様?」
「……後ろから来たのを含めて、それくらいかと思います。」
突如話を振られて、隊長騎士は掠れた声を出す。あの威力の魔法を見て、驚かない方がおかしいし、恐れる気持ちがあるのも分からなくはない。
「やってしまったのは仕方がありません。さっさと灰にして帰りましょう。」
「これを集めるのですか?」
「雷光の魔法である程度焼けていますから、火柱の魔法でちょっとやれば灰になると思います。」
「申し訳ございませんが、一匹は持って帰りたいので残しておいていただけますか?」
初めて見た魔物ということで、報告用に一匹欲しいらしい。炎雷の魔法でも一撃では倒せないとなれば、相当に強い部類に入るらしい。
フィエルの水の槍を食らったやつらも、勢いに押されて飛んでいきはしたものの、大して効いた様子もなくすぐに立ち上がっていたし、騎士たちが退治しようとすると、かなり苦戦するのではないかと思う。
魔物の残骸は、火柱の魔法で焼き払う。周囲に水を撒き、風で包み込むことで延焼を防げるが、そのようなことをしていれば、魔力の効率がよくないことは分かる。
作業が終わると、さっさと引き上げる。あまりのんびりしていると、帰りが日没の閉門までに間に合わなくなってしまうのだ。
かなり急いで済ませたつもりだったが、街に着いたのは日没間際だった。
「急ぎましょう。城門が閉まってしまいます。」
夕暮れの街中には、まだ人が多くいた。人々は、私たちの姿を見ると道を開けてくれるが、さすがに馬で走り抜けることはできない。ちょっと急ぐていどの速さで歩いていくと結構時間がかかる。
「遅いぞ! ティアリッテ、フィエルナズサ!」
「申し訳ございません。」
城門に着くと、いきなり長兄に叱られてしまった。だが、頭を下げるしかないだろう。既に陽は沈み、閉門の時間は過ぎている。
兄がここまで来て、閉めるのを待たせていたのだろう。
「で、首尾はどうなのだ? 魔物退治は上手くいったのか?」
「ラインザック様、報告にはミッドノーマン様および騎士団長にも同席していただきたく存じます。」
「何があった?」
「新種の魔物でございました。青邪鬼という報告は、おそらく間違いかと思われます。」
そう言って、隊長騎士は後ろの騎士に合図をする。前に進み出てきた馬には、青色の魔物が括りつけられている。それを見ると、長兄も顔色を変えた。
「これは私も見たことがないな。分かった、至急、席を用意する。ティアリッテ、フィエルナズサ、済まぬが食事は後だ。」
遠征で疲れているところに食事を摂れば眠たくなるのは必然だろうということで、記憶が鮮明なうちに報告を済ませろということだ。
「こればかりは、私も食事を先にしろとは言えません。早く報告を済ませてしまいましょう。」
私もフィエルも不満そうな顔をしていたのか、ハネシテゼはそう言って首を横に振る。恐らく、彼女もそう言われたことはあるのだろう。
会議室には父に母、兄二人に姉、騎士団長、それにデォフナハ男爵がやってきた。魔物の死体も持ち込むため、離れの騎士用の会議室だ。さすがに本館にそんなものを持ち込むことはできない。
「それが新種か……」
部屋に入るなり、魔物の死体を見て父は疲れた声を出す。兄や姉たちも忌々しそうに睨むが、デォフナハ男爵は眉間に皺を寄せて首を傾げている。
そうこうしているうちに、騎士団長は大きな地図を持ってきてテーブルの上に広げ、私たちも席に着く。
「まず、帰りが遅くなり、大変ご心配おかけしましたこと、大変申し訳ございません。」
「元気なのは姿を見れば分かる。本題に入れ。」
「はい。青邪鬼の退治ということで向かったのですが、報告のあった場所では青邪鬼の姿は見当たりませんでした。代わりに発見したのがあれです。」
青色の魔物を焼いた後、青邪鬼がいないかは念のために探している。あまり時間に余裕はなかったが、それなりに探したのだがそれらしい痕跡は見つけられなかった。
「それで、私たちを呼んだ理由は?」
「現在の我々だけでは、これを退治するのは困難です。いえ、至難を極めると言っても良いかもしれません。御前を失礼します。」
そう言って、隊長騎士はナイフを取り出すと、青い魔物の首筋に突き立てる。だが、ガツッと鈍い音がしただけでナイフは弾かれてしまった。
「何をしている……」
呆れたような声で騎士団長が立ち、ナイフを受け取ると力いっぱい振り下ろす。
だが、同じようにナイフが弾かれるだけだった。
「莫迦な。魔法は効くのか? どうやって斃した?」
「私の水の槍は、この魔物を弾き飛ばすことはできましたが、傷つけることはできませんでした。」
「……私の最強の魔法でも、一発では倒すには至りませんでした。決め手はハネシテゼ様の魔法でございます。」
私の言葉に、ハネシテゼに視線が集まる。
「刃に関しての防御能力は先ほど見ての通りで、騎士の刃が通じないならば、水や風を使った打撃や斬撃が通じる道理もありません。残る方法は四つ。炎で焼く、水に沈める、雷で貫く。そして、魔力を飽和させる。」
炎が通じるかは、私の炎雷の魔法の結果を見れば分かる。結果として、魔物に打撃を与えたのは『雷』の部分だとハネシテゼは判断した。そして、水に沈めるのは相手の身動きを取れなくするのが前提条件なので、試していない。
「ということで、恐らく効果があるであろう雷撃系の魔法を選択しました。結果としては問題なく効果を出すことができ、奴らを全滅させるに至りました。」
「魔力の飽和とは? 今回、それはしなかったのか?」
「敵の数が分からない上に、私の騎士もいない状態で飽和攻撃は使えません。危険すぎます。」
飽和攻撃とは、つまり、相手の許容量を上回る魔力を叩きつけることだ。どんな生き物でも、受け入れきれない量の魔力を注ぎ込まれれば死んでしまうらしい。相手の許容力がこちらの魔力量を上回っていれば全く効果がなく、ただ自分が力尽きてしまうだけだ。
「確かにそれは危険だな。一匹や二匹倒して力尽きて、十、二十に囲まれたら為す術がないだろう。」
「それで、雷撃系の魔法とやらも黄豹に教わったのか?」
「はい。昨日、ティアリッテ様とフィエルナズサ様にもお教えしましたので、数ヶ月もあれば使いこなせるようになるかと存じます。」
私たちに視線が集まるが、「はやく実戦で使えるようになるべく努力します」という以外に言いようがない。
「つまり、それまでは、その青いのを退治することはできぬということか。」
「王族の魔法を使うわけにはいきませんから、そうなるでしょうね。」
母の視線が私に突き刺さる。ハッキリと明言はしていないが、炎雷の魔法を使ったことに関しては後で叱られると思う。
「その魔法は、私たちも使えるようになるのか?」
「魔法には得手不得手、向き不向きがございますから、練習してみなければ分かりませんよ?」
兄はそんな意味で言っているのではないと思うが、使い手が増えること自体にはハネシテゼは何の忌避感もないことは分かった。私たちが兄や姉に教えても大丈夫なのだろう。
その後、どのように戦ったのかの詳細を説明すると、私たちは先に食事を摂って休んでいろと部屋を出された。
父たちは、今回の発見場所から、あの魔物がどこからやってきたのか、どこに潜んでいる可能性が高いのかの検討をするらしい。
危険と思われる地域には早めに警報を出さねばならない。明日の朝一番には馬を出せるように、今日中に話を終わらせるということだった。