028 魔力を撒いて魔物退治
「まず、魔力を撒いてみましょう。本当は井戸や川の水の方が良いのですが、近くに無いので、水は魔法で用意します。フィエルナズサ様、お願いしてよろしいでしょうか?」
鞍から下げていた桶を地面に下ろし、その中にフィエルが魔法で水を満たす。
「ティアリッテ様、以前にお教えしましたように、水に魔力を含ませて持ちあげてください」
右手の人差し指を水面につけて、魔力を集中させる。そのまま指を立てれば小さな水の塊がくっついてくる。
「えっと、これで良いのでしょうか?」
「桶全部でも良かったんですけれど、はじめてですし、それくらいで良いでしょう。その水に限界まで魔力を詰め込んでください。」
少なすぎと言われてちょっと焦ったが、まずは練習だということで魔力を集中していく。
魔法を使うときのように、自分の腕の内部に集中するのではないため苦痛はないが、そのかわりに集中力が必要だ。
「詰め込んだら、その水を畑に放り投げれば良いだけです。」
ハネシテゼがそう言うので、畑に向かって足を踏み出して放り投げると、水は音を立てて弾け散った。
赤い光がまるで炎のように広がり、ゆっくりと畑に降り注ぐ。その様子を見て農民たちは目と口を大きく開け放っているし、騎士たちも何やらどよめいている。
そんな彼らにはお構いなしで、ハネシテゼは桶を持って歩いていってしまう。
「では、フィエルナズサ様もやってみてください。量はティアリッテ様と同じくらいで良いですよ。」
そう言われているのに、フィエルは私の倍ほどの水を取り、全力で魔力を集中する。魔力が詰められていくと、水は強い光を放ち始める。
そして、私と同じように、飛ばそうとした瞬間に水は弾け飛んで周囲に舞い落ちて行く。
「基本的には、今のを繰り返して畑全体に魔力を撒いていきます。畑全体に撒くには何日も掛かりますから、根気よくやってください。ところで、二人とも見えますか?」
ハネシテゼが指差したのは、今、魔力を撒いた辺りだ。特に何も見えないが、何かあるのだろうか?
「ゲッ! こいつらは!」
近くに寄ってきた農民たちが汚物を見たような表情で叫ぶ。
「害虫です。というかこれも魔物なんですよね……。だから、退治します。危ないですから離れていてください。」
ハネシテゼが杖を取り出すと、「貴族様が魔法を使うぞ!」と農民たちが逃げていく。ハネシテゼは人を巻き込むようなヘマはしないだろうが、彼らにとって貴族の魔法は脅威なのだろう。
農民たちが十分に離れたのを見て、ハネシテゼが杖を横に振ると、幾条もの雷光が地面を奔り、強烈な光とバリバリという音を撒き散らす。
「虫退治に便利なので、この魔法は覚えておくと良いですよ。よほど強い魔物でなければ、これだけで退治できます。」
そんな話は学院の魔法の演習の時にも聞いていない。それが本当ならば、他の魔法は何のために覚えるのだろうか?
「魔物を退治することはできますけど、焼いて灰にすることはできませんから……。水を扱えると色々便利ですし、風の魔法は船を動かすのにも役に立つのですよ。」
要するに、魔物を退治する目的には使わないということだ。それ以外に便利な使い道があるから初級の魔法は一通り覚えておくべきというのがハネシテゼの考え方だ。
つまり、それは火や水の上級魔法は使い道が無いということではないだろうか?
「ティア、あまり余計なことを深く考えるな。今は、雷光の魔法を覚えることに集中した方が良い。」
フィエルがそう言って、試しに雷光の魔法を放ってみる。結果は、パチンと小さな火花が飛んだだけだが、それができればあとは制御を頑張って練習していけば良い。
私も気合いを込めて腕を振り下ろしてみるが、やはり小さな火花がパチンと飛ぶだけだった。
頑張って訓練をしていれば、ハネシテゼのように数十歩の範囲を埋め尽くすほどの雷光を放てるようになるのだろうか? 余りの差に不安になるが、頑張るしかない。
「騎士の方々もこの魔法は覚えておくと良いですよ。私が知る中で、最も効率の良い魔法ですから。」
同じ敵を相手にする場合、炎や水の魔法を使うよりも少ない魔力で倒せるのが自慢らしい。
だが、騎士たちは、私たちの護衛任務をサボって今ここ練習を始めるわけにはいかない。私とフィエルが魔力を撒いて、集まってきた魔物に向けてハネシテゼが雷光の魔法を放つ。
何度も見本を見せて貰えば、自分とハネシテゼの魔力の動きの違いも分かってくる。
「お、その調子です。魔力を撒きながらだと威力を上げるのは難しいですから、しっかりと制御できるよう頑張ってください。」
十数歩ほどの長さまで雷光が飛び、ハネシテゼが褒め言葉をくれた。それを見てフィエルも気合いを込めて魔法を放つ。
「そろそろ騎士の皆様にも頑張ってもらう頃合いですね。」
一時間ほど頑張って、私たちが魔力を撒くのに疲れてきたころにハネシテゼが言う。そして、何をするのかと思ったら、今さら魔力を撒く見本をみせるということだ。
魔法で大きな水の玉を生み出すと、両手でそれを受け止めて魔力を詰めていく。わたしやフィエルの何百倍もありそうな水量なのに、あっという間に真っ赤に輝く。ハネシテゼが手を天へと伸ばすと、それに合わせて水の玉も上へと持ち上がっていく。
手を振り下ろすと水の玉は畑の奥へと飛んでいき、爆発炎上した。まるで炎のように広がって畑の一角を覆うが、それは実際に燃えているわけではない。魔力を詰め込んだだけの水だし、触れれば冷たいのではないだろうか。
「ほら、集まってきましたよ。」
ハネシテゼに言われるまでもなく、私もそれを見つけている。
「あれは、全部魔物なのでしょうか?」
「魔力に群がってくるのは基本的に魔物と思って良いですよ。こうして魔力を撒いてやれば集まってくるので、残さず狩り尽くすのです。この仕事は平民にはできません。」
そんなことを言っている間に、どこから涌いて出てきたのか、ネズミやイタチのような魔物がどんどん集まってきている。
一匹ずつならば全然大したことはないはずなのだが、数百匹ともなれば騎士たちものんびりしてはいられなくなる。
「追い払ってはいけません。これを一匹残らず叩き潰すのは、魔物退治のお仕事のひとつです。まだ耕す前ですから、少々荒っぽくても大丈夫ですよ。」
ハネシテゼに言われて八人の騎士たちが畑の奥へと駆けて行く。
左右の奥に四人ずつ配置して挟みこむように攻撃し、こちらに追いやるようにして一気に叩き潰す作戦だ。
騎士の隊長が合図すると畑の八人が一斉に爆炎の魔法を放つ。爆風に吹き飛ばされ、炎に焼かれて魔物たちが動きだす。
大半は悲鳴を上げてこちら側に逃げてくるが、怒りの声を上げて自分たちを攻撃した者へと向かう魔物もいる。あの八人は大丈夫だろうか?
私は騎士の三人と左側へ、フィエルはやはり騎士と右側へと走り、魔法から逃れようとする魔物へ爆炎を叩き込んでいく。
正面に残るのはハネシテゼと従者たちだ。護衛がみんないなくなってしまい従者たちは不安そうな表情を見せるが、ハネシテゼの方は自信満々だ。
当然だろう。百ほどの魔物など、杖を軽く一振りするだけで全滅させることができるのだ。
案の定、ハネシテゼの魔法に撃たれてバタバタと魔物は倒れていき、攻撃範囲から免れたものは逃げ惑う。それを逃がさないようにするのが私たちの仕事だ。
馬を駆り、逃げようと飛び出してくる魔物を吹っ飛ばして中央へもどしてやる。二発目、三発目と雷光の魔法が放たれる度に、魔物の数はどんどん減っていく。
数え切れないほどいた魔物は、あっという間に残り十数匹にまで減り、それも騎士たちが追いまわして息の根を止めていく。
私も一発だけ雷光の魔法を試してみた。近付くのは大変だったが、魔法の効果がかなり高いことが実感できる結果となった。
私が一撃で倒せたのは、今回が初めてだ。